そうしているうちに昼休憩を迎え、
「お腹すいたな~このへんに美味しい定食屋さんがあるんだけど、そらちゃんも一緒に行かない?」
「私でもいいのですか?誘ってくれて嬉しいです」親切な先輩スタッフたちがそらをランチに誘ったが、側にいた翠は彼女を呼びメイク室に連れて行くと、いきなり説教を始めた。
「そら、あんたねーなんでこの業界に入ったわけ?ズバリ言うけど向いてないわ」
(いきなり…何もこんなところで説教始めるなんて…)
「私、子供の頃から絵を描くのが好きでファッションに興味を持っていたから、将来はデザイナーになりたかったんです。でも母はそんな学校を出てもお金儲けにならないし、通わせるにせよ余裕がなかったんです。中学出たら働いて家計を助けるべきと。それでも母は”お前の夢を叶いたければ自分で学費を稼ぐこと”を約束し、高校に進んでから自分でバイトして学費を稼いだり将来のために貯めていたんです。専門学校に進んでからもバイトを掛け持ちしてました」
「へぇー、お金に縁のない人って随分苦労してるのね。あたしは何の不自由なく育ったからわかんないや」
「”エリート街道まっしぐら”の翠さん、いやチーフにはわからないでしょうね。あの頃は大変でした。安いアパートで一人暮らしを始めて、バイト代も家賃と学費でほとんど消えちゃったからカツカツの生活でした。でも母には迷惑かけたくなかったんです。泣き言言っても追い返されるだけです」
「あ、そう。でもね、あんたの貧乏自慢なんて聞きたくない!顔見ただけでこっちまで鬱になるわ」
(聞いてきたのはチーフじゃない…せっかくのお昼休みが説教タイムになっちゃうなんて)
「はっきり言うけど、あんたと一緒に仕事したくないわ。モチベ下がるし、あたしの足ばっか引っ張っちゃて、ちっとも役に立ってないし。そもそもスタイリストの素質なんてこれっぽっちもないわよ」
そらは思ったことをすぐ口に出す翠の容赦ない”口撃”に逆らうことができなかった。ただ黙っているだけで涙があふれてきた。
(この業界に憧れて夢の一歩を踏み出したばかりなのに、ひどい…ひどすぎる…)悔し涙を流す彼女を尻目に翠は、
「泣いたところで、あたしが何とかしてくれるとでも思ってるの?いつまでメソメソしてるのさ。子供じゃあるまいし。考えが甘い!甘すぎる!あんたの顔なんて見たくないから、とっとと実家に帰んなよ。じゃ、あたしはお昼食べてくる」
「…ごめんなさい」そらはうつむいたまま顔を上げることなく自分を責めた。
(母さんに一人前のスタイリストになると約束して上京して学校を出て憧れの世界に飛び込んできた。でも甘くなかった。実家に帰ろうかな…いや、母さんにはこれ以上迷惑や苦労はかけたくない)と、実家に帰るか悩んでいた。だが母・五美の言葉を思い出すとあきらめるしかなかったのだ。
(一人前になるまでは絶対に帰ってくるなと。帰ったところで追い返される。門前払いになるに決まってる)実家では一人寂しく過ごしている五美だが、娘のことは一日たりとも心配してないそうだ。だから娘には必ず一人前になってくれると思っているのだ。彼女の娘に対する期待は並外れている。それだけに母・五美の非力さを痛感しているのだ。
「もうお昼休みが終わっちゃうよ…お腹すいちゃった…」
(つづく)