翠が夫と出会ったのは彼女が化粧品メーカー勤めだった頃に遡る。彼は取引先である商社の営業マンだった。翠は彼を一目惚れし、交際を申し込んだ。彼からも即OKを貰い交際を始めた。セレブな専業主婦に憧れていた彼女は退社後も交際を続けたが、結婚の条件として新しい仕事が見つかること、結婚しても仕事を続けてほしいと約束をした。金銭にゆとりがあるため新居も一戸建てをキャッシュで購入。やがて二人は長い交際を経てゴールイン。挙式は新郎・新婦の両親、親族、友人、仕事仲間を招いて盛大に行われた。新婚旅行は行かず、まもなく妊娠、元気な女児を出産。「萌木」と名付けた。萌木はすくすく健康に育ち四歳になった。翠は保育園に預けながら仕事を続けている。
その時、側にいたそらが「こんにちは」と萌木に近づこうとすると、萌木はそらを睨みつけた。
「ママ~、このおばちゃん誰?」と母親の翠に訊くと、
「このおばさんは落ちこぼれの木偶の坊よ。あたしにとって単なる邪魔者よ」
「ふーん(そうなんだ…)」
そらはカチンときて、(失礼ね。おばちゃんはないでしょ。まだ20代なのに。ママより10歳も若いよ。母娘揃って可愛げないわ)と、心の中でつぶやいた。それでも、
「びっくりさせてごめんね。初対面なのになれなれしく近づいちゃって」と言うと翠は、
「そんなの屁理屈じゃない。あんた、娘と初めて会ってそれはないわ」
「だって…」
「だってもへったくれもないでしょ!仕事の邪魔になるから、さっさと帰ってよ」彼女はそらに帰るように促した。そらはしぶしぶ帰路につきながら、
(私だって翠さんみたいに一人前になりたい…でも邪魔者扱いされて迷惑かけてるし、この仕事向いてないのかな…どうせENILのグループにもハブられるに決まってるのだから)
「さてっと、邪魔者は帰ったから仕事続けよっと」と、翠たちは仕事を続けた。
(こんな貧乏田舎者があたしみたいな一人前になれるわけないじゃん。ただ都会に憧れてやってきただけじゃない。都会暮らしなめてるとしか思えないよ)
スタイリストとは、ファッション・メイク・ヘアなどの分野で魅力を引き出す職種である。「モデルクラブ・ハヅキ」改め「Office MIDORI」には翠を含め初見玉恵、築山唯子、そして見習い新人の天馬そらが働いている。なお、裕一郎らのスカウトマンの正体はデザイナーの九十九遥(つくも・よう)だった。彼の描いたデザイン画をもとに、衣装の作成は外部の業者に依頼している。また「ミドコレ」に招待したモデルたちは名の知れた大手事務所に所属しているが、その橋渡し役をしたのは実は彼だった。そのイベントも彼の人脈のおかげで実現できたのだ。
時は過ぎていき、「ミドコレ」を三か月後に控えスタッフたちが次々と事務所にやってきた。
「おはようございまーす!」昨夜、飲み過ぎた翠が、ふらふらしながら出勤すると、
「おはようございます、チーフ。あれ?いつものチーフらしくないですよ。なんか顔色悪そうだけど大丈夫ですか?」
「昨夜家で飲み過ぎちゃった。まだ酔いが残ってるけど大丈夫よ。さ、仕事仕事」
「でも、無理しなくても…」
「何言ってるの!本番まであと何日だと思ってるの?気合入れないとダメでしょ!そう言ってるまでに本番はすぐだよ」約一時間後、そらが出勤。
「おはようございます。遅れてすみません」
「そらちゃんおはよう。寝坊しちゃったの?」と玉恵が言うと、
「ごめんなさい。目覚ましセットするのを忘れてしまって…それで電車に間に合わなくて…」とそらはペコペコ頭を下げた。すると翠は、
「そんな言い訳いらない!あんたにはやる気が一ミリも感じれられないのよ。ていうか、社会人としての自覚あんの?」と怒鳴りつけ、
「すみません。翠さんたちの足を引っ張らないように頑張ります」
「なんとかの一つ覚えみたいなこと言わないでよ。それからあたしのこと”チーフ”って呼んでくれない?」
「はい…わかりました、チーフ」
(つづく)
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