そんな折、見習いスタイリストとして入ってきたのが、天馬そらだった。

 「はじめまして。天馬そらです。早く仕事を覚えて皆から必要とされるようになりたいです」と、か細い声で挨拶をした。

 

 (何、あの娘。とてもスタイリストになれる器じゃないわ…どう見ても陰キャだし)彼女の第一印象だった。すると翠は、

 

 「あんたね~そんなコミュ力不足じゃ、スタイリストは務まらないよ。わかって入ってきたの?それに口下手だし」

 

 小柄で色白、茶髪に青みがかかった瞳でハーフと間違えられるそらは、幼い頃から絵を描くのが好きで将来はファッションデザイナーになるのが夢だった。だが、物心つかない頃に父親が仕事から帰宅中、自分の運転する車で交通事故に遭い他界。なので彼女は父親の顔を知らない。その後は母親の五美(いつみ)が女手一つでそらを育てるが、家計が苦しく持病があるため無理はできないものの、せめて彼女を学校に通わせたいため、数時間であるが細々とパートを始めた。そらは高校進学を希望していたが、五美は”高校に行きたければ自分でバイトで稼いで何とかしなさい”と、学業とバイトを両立させながら学校に通った。進路については、就職せずにファッション関係の専門学校に進むと同時に実家を離れ都内で一番安いアパートで一人暮らしを始めた。五美のわずかながらの仕送りとバイトを掛け持ちしながら学業に励んだ。元々地頭のいいそらは優秀な成績で卒業、学校からの推薦で大手アパレルメーカーに就職した。しかし、仕事内容や給料に不満を持ち始めると、たまたま人手不足となっているモデル事務所のスタッフ募集のポスターを目にした。その事務所は「Office MIDORI」だった。彼女はさっそく応募し、面接態度や才能、将来性を見込まれて採用が決まった。(やっと親孝行ができる…)と、母・五美に伝えると、とても喜んでくれた。だが、そらを待っていたのは社長のエツコやチーフの翠の”いじめ””パワハラ”だった。特に生育環境が真逆の翠は、事あるごとにエツコとグルになって意地悪をしたり”貧乏””田舎者”と罵るようになった。

 

 その時、エツコから、

 「当事務所主催のショーが半年後「GREEN HEART HALL」にて開かれることが決まった。その名も「ミドコレ」。当事務所だけでなく、あらゆるところで活躍されているモデルたちも招待する。我が事務所にとって初めてのビッグイベントだから、それまでに準備を進めるように」という知らせがあった。裕一郎ら所属モデルやスタッフたちも手放しで喜んだ。

  

 「初めてのビッグイベントだ!」

 

 次の日からショーに向けての準備が始まったが、”半年後だから今から準備しなくても…”と、焦る気持ちはなかった。

 

 チーフを任されている翠は他のスタッフたちに喝を入れた。ところが、そらにはその心意気が感じられず、入ったばかりでいきなり重要な仕事についていけるか不安だった。

 

 「ちょっと、そら!何ボーッとしてるの!ったく、あんたは見た目の通りトロくさいのね」

 

 「す…すみません…どこにあるのかわからなくて…」

 

 「だったらあたしに聞きなよ!もういいわ。あんたに頼んだのが悪かったわ。あっちに行ってて」翠は眉間にシワを寄せながらそらを怒鳴りつけた。彼女たちスタッフは一丸となって本番を成功させる、と祈った。

 

 「まりあちゃん、これがいいかな。あ、そうだ。これが合うかも。優しさや温もりがあって彼女にピッタリだわ」

 二番手スタイリストの初見玉恵がコーデをしていると、翠も負けじとセンスの良さを生かして衣装合わせをしていた。この日は保育園が休みのため、翠は娘の萌木を仕事場に連れてきていた。

 

 「みんなおはよー!」

 

 「萌ちゃんおはよう!」彼女はツインテールにラメの入った大きなリボン、モノトーンのワンピースに靴、といったいかにも上品なファッションでやってきた。

 

 「この衣装、すごく似合ってるね。さすが名スタイリストのママを持ってると違うよね。でもすごく高そう。さすがに手が出ないよ」

 

 「えへへ…自慢の娘だもの。これ、パパからの誕生日プレゼントだったんよ」

 

 「誕生日コーデだったんだ」

 

 「もう誕生日は過ぎちゃったけどね」

 

 

 (つづく)