そして二か月後、”Smile Me”が書店に並べられた。表紙は「モデルクラブ・ハヅキ」に期待の星・水林裕一郎が頬杖ついてポーズをとっていた。ファンたちは待ってたばかりと本を手にしたとたん、反応はあまり芳しいものではなかった。

 

 「汚い歯並びだと、いくらポーズ決めても台無しだわ。めっちゃ引くわ~。ドラキュラが変装したみたい」

 

 「笑わなかったらイケメンなのになあ~なんか残念」

 

 「いくらトップモデルでもあれじゃ幻滅よ。昭和の一昔のアイドルじゃあるまいし」

 

 「そういう人だって皆直してるもんね。直す気ないのだろうか」

 

 「世界と張り合うのなら、歯並びは大事なのに」

 

 「彼の場合”雰囲気イケメン”なのよ」

 

 ”Smile Me”では、コンプレックスでもあるヤエ歯をむき出しにして微笑んでいる裕一郎が写っていたのだ。だが撮影時に手で隠すことを許されなかったのだ。

 

 「自分でコンプレックスと思ってるのなら、なぜ直さないのだろう。親はよほど無関心なのだろうか。彼、高級車持ってるくらいなんだからお金あるはずなのに」

 

 「その車売って直せばいいのにね。直すお金って大してかからないでしょ」

 

 「直すにせよ、保険が効かないのよ。美容整形と同じだよ。それにモデルやっていくのは案外お金かかるものよ。ファッションだってブランド物身に付けないといけないし、ヘアメイクだってカリスマ美容師御用達みたいなところでないと」

 

 「ブランド関係ないでしょ。ノーブランドでも着こなしてるモデルさんもいるし。彼のいる事務所はヘアメイクしてくれるスタッフがいるらしいし」

 

 「あら、そうなの。彼のようなトップモデルだと、そうはいかないでしょ。あ、そうだったんだ。彼の事務所って聞いたことない名前だわ…どうして大手に引き抜かれないのだろう…」

 

 「確か”ハヅキ”というちっぽけな事務所だったような…あれだけ人気あるのならいずれは大手に引き抜かれそうだけどね。ところで、それにかけるお金、歯並び直すために使えばよかったんだけどね。もったいないよ」

 

 「口を開けずにニヤニヤ笑っても気持ち悪いよ。彼だって気にしながら精一杯やってたのよ」

 

 「大変なのね。笑顔もポイントだもの。女性ならともかく、男だから笑わなくていい、なんておかしくね?」

 

 「矯正って簡単にいうけど、直すのなら子供のうちにね。矯正器具を付けるけど、1~2年は付けてなければならないし、痛いし食事もままならないですよ。矯正中の苦労は絶えないよ。きっと彼もこんな悩みがあるのかも」

 

 ”Smile Me”の評判は「モデルクラブ・ハヅキ」でも広がり、なかなか好評のようだ。社長のエツコをはじめ、専属スタイリストの翠も(これはあたしのおかげよ)と鼻高々。

 

 「ゆーちゃんがひときわ輝いてたわ。歯並びはアレだけど、あたしに係れば他のモデルが霞んで見えるわ」

 

 「だよねー。さすが”名スタイリスト”!」と、エツコは褒めたたえると、

 

 「この事務所をもっと大きくしないとね。あ、そうだ。これからあたしのこと”チーフ”って呼んでね」翠は一気に偉くなった気分になった。

 

 彼女は会社を作ることを夢見ていたが、すっかりエツコに贔屓され、次期社長のイスを用意していた。事務所の名前も「モデルクラブ・ハヅキ」から「Office MIDORI」に変えたのだ。ちなみに”ハズキ”とはエツコの母方の祖母の名前からもらったが、翠への期待を込めて変えたのだった。エツコは事務所を大きくしないと。まずはそこからだ、の思いで新たにスタッフの募集を始めた。

 

 (「Office MIDORI」か…何だか自分の会社になるとやりたい放題だわ)と翠はほくそ笑んだのだ。

 

 

 (つづく)