そして、裕一郎はモデル生活のスタートを切った。

 

 「今日から新しい仲間が加わった。水林裕一郎君だ。皆仲良くするように」と、事務所の社長・小山田エツコが彼を紹介すると、

 

 「水林裕一郎です。皆よろしく」とボソッと挨拶をした。

 

 (いきなりタメ口かよ…)だが彼からは大物になれるオーラを漂わせていた。身長は他を抜きんでおり、その存在感に圧倒されていた。

 

 (スカウトの見る目は正しかったのかも…)エツコ、モデル仲間、スタッフたちも彼に期待を寄せていた。

 

 彼も(いつかは大物になってやるぞー!)と気合を込めていた。

 

 やがて他を差し置いてあれよあれよとトップモデルの階段を登りつめた。エツコはフフッと笑いが止まらず彼を売り込もうとメディアなどを利用した。

 

 (これで我が事務所は大物になる、一流になる)と確信したのだ。「モデルクラブ・ハヅキ」期待の星として売り出す方針なのだ。

 

 この日は二か月後に発売されるファッション誌”Smile Me”の撮影だった。裕一郎はじめとする美男美女モデルたちはカメラマンの指示通りにポーズを決めていた。撮影が行われたのは事務所が契約しているスタジオだった。朝早くから始めて終わったときは日が暮れていた。

 

 「ゆーちゃん、お疲れ。上出来だったよ。二か月後が楽しみだね。我ながらあたしのセンスが光ってたんだわ」と自画自賛していたのは同行していた専属スタイリストの黒井翠だ。

 

 彼女は代々資産家の血を引く家庭に生まれ、父親はクロイホールディングスの社長で不動産投資を次々に成功させ、数十件のマンションを所有、母親はセレブ御用達のブティックを経営している。兄が二人いて、それぞれ家庭を持っているが、ゆくゆくは長兄が跡を継ぐそうだ。娘である翠は唯一の女の子で可愛がられ小~大とエスカレートで進み何不自由なく育った。ただエスカレートとはいえ学力でなく人脈と財力でモノをいわせていた。しかも就活もせず、就職した化粧品メーカーもコネ入社だった。彼女はプライドが高くワガママで上司や先輩にはタメ口、思ったことをすぐ口に出す。その気性の激しさは顔にも表れており、目力が強く口元は上下に動かすのか、虚言癖がある。職場ではその性格が災いし、しょっちゅうトラブルを起こし”要注意人物”と言われていた。結局自分から辞めていったが、その頃は結婚願望が強く専業主婦になるのを夢見ていたが、以前からファッションやメイクに興味を持っておりスタイリストになるのを決意。美容専門学校に入学し、卒業後は美容師となったが、そこでも長続きせず、旧友の兄がモデルをしている「モデルクラブ・ハヅキ」で見習いとして先輩たちについて憧れの業界で働けることに幸せを感じながら腕を磨いていった。そのかいあって、先輩たちと肩を並べるほどになった。

 

 (彼女には天性のセンスがある)と、社長のエツコから実力を認められたのだ。さらに、裕一郎から専属スタイリストの指名を受けた。そのおかげで彼は一流モデルの仲間入りを果たしたのだ。

 (ま、あたしにかかれば、誰だって一流にさせる腕はあるわよ)と翠は自画自賛だった。

 

 やがてモデル、スタッフたちは事務所に戻り、エツコが出迎えた。

 

 「お疲れ!出来を楽しみにしてるよ!」と労いの声をかけた。

 

 「今日は早朝から撮影に費やしたから打ち上げに行こうか」すると裕一郎は、

 

 「あー、喉が渇いた。一日中休まずだったから、メシ食う時間も少ししかなくってさ。取りあえず一杯やりたいよ」

 

 

 「よーし、皆で盛り上がるぞ!」

 「やった!思いっきり盛り上がろうぜ!」と裕一郎は満面の笑みを見せた。

 

 「ゆーちゃん、相変わらず”舌好調”だね」

 

 「ハハハ…いつものことじゃないか。そうしないと仕事のモチベーションが上がらないよ」

 

 「確かにな」

 

  (つづく)