「はい、オッケーです!」カメラマンがOKを出すと、

(あー、やっと終わった。朝早くずっとだったから疲れたよ)と裕一郎はほっと肩を下ろした。この日はモデル誌”Smile Me”の撮影のために丸一日費やした。

 

 「お疲れ様でした、ユーちゃん。どんなポーズでも決めてくれる。さすがトップモデルの風格を感じます」

 

 「いやー、そういわれると恥ずかしいというか照れくさいよ」と裕一郎は手で口元を隠しながらモゴモゴと話した。なぜなら彼は口元、特に歯並びにコンプレックスがあるからだ。そのため口を開けて笑うことができず、手で口元を隠すのだ。外出時は帽子・サングラス・マスクが必需品だ。しかし背の高さが目立つので彼だとわかってしまう。おまけにヘビースモーカーのためヤニで黄ばんだまま。ホワイトニングをしても意味がないのだ。

 

 彼、水林裕一郎は押しも押されぬトップモデルだ。190cmをゆうに超える高身長、スラリと伸びた脚、どんな着こなしでもバッチリ決まっている。あどけなさの残る童顔、キリッとした眉、子犬のようなくりっとした瞳、血色がよくぷっくりとした頬。だがその外見に似合わぬヘビースモーカーに加え、酒豪でギャンブル好き、喧嘩も誰にも負けないくらいに強い。

 

 そんな破天荒な彼は、普段の言葉遣いも悪く、上司や先輩に対してもタメ口だ。趣味は車と女、一台500~1000万もする高級外車を二台所有、プライベートと送迎用と使い分けている。彼女と呼べる人が数人いるが、だいたい友人止まりで本命は結婚前提で付き合ってるそうだ。唯一コンプレックスなのが左右にニョキっと飛び出たヤエ歯、ファンからはそれが覗く笑顔が可愛いと褒めてはくれるが、本人は気に入らないようだ。子供の頃は”ドラキュラ””鬼”とからかわれ、笑う時は口を開けずにニヤリと微笑むだけ。両親は歯並びについて無関心というが矯正は考えてなかったそうで、

 

(昔のアイドルもこんな歯並びが人気だったぞ。何が気に入らないのか、直したところでメシ食っていくわけじゃないからどうでもいいだろ。だいいち直すのにどれだけ大金がかかるんだ。それなら他のことに金使った方がいい)という考えなのだ。

 

 さすがの裕一郎も大人になった今はあきらめているが、いずれは直すつもりでいるそうだ。彼は小学校からエスカレートで大学まで進んだが、学力不足でわずか一年で中退。その後、アルバイトをしながら定職探しをしていたが、なかなか決まらず、

(中退だから就職は厳しいな…)

 

 そんなある日、モデル事務所のスカウトマンから声をかけられ、

 「君はモデルとしての素質は十分にあります。あれだけ背の高い人は初めて見ました。世界でも通用しますよ。当事務所は男女問わず活躍されています。ぜひチャレンジしてみませんか?)

 

(おい、冗談だろ…)

 

 「声をかけてくれるのは嬉しいよ。でも今は考えてない」

 

 「すぐに返事をしなくても構いません。じっくり考えてください」スカウトマンは自分の名刺を差し出し、裕一郎に渡した。

(”モデルクラブ・ハヅキ”…?”スカウト担当・九十九遥(つくもよう)…”聞いたことねーな…どうも胡散臭い)

 

 裕一郎は即答できなかったが、就活中の彼にとっては”おいしい話”かもしれない。

 

(もし、この話を逃したら…)との気持ちがあるからだ。しかし”おいしい話”には必ず裏がある。家族にその話をしたが、

 「お前の好きにすればいい。ただし必ず成功させるんだぞ」と父・秋男は言った。

 

 「モデルって、お兄ちゃんカッコいい!めっちゃ憧れる~」と二人の妹、咲子とこのはも兄の姿にほれぼれしていた。迷いに迷った結果、スカウトマンの熱意と家族の後押しもあってモデルになる決心をした。

 

 二人の妹、咲子とこのはー

 咲子はバツイチ三児の母で看護師。地元の病院で夜勤をしながら働いている。子供は中学生、小学生と保育園児だ。学生時代はソフトボールに選手として活躍、そのため体力には自信がある。身長は167cmで兄同様、歯並びの悪さにコンプレックスを持ち、やはり両側に飛び出たヤエ歯がある。ただ異なるのが目の細さ。起きているのか寝ているのかわからないくらいだが、そこはメイクでごまかしているが。趣味はお菓子作り、子供たちのおやつはもちろんのこと、職場やママ友に振舞うなど好評だ。

 

 もう一人の妹このはは、兄や姉と違い小柄だが、母親似の目鼻立ちの整った美人顔。地元の高校を卒業後、デパート店員となり、まもなく中学時代の同級生と二十歳でデキ婚、その後離婚をし高校受験を控えた娘を育てながら友人の夫が営むレストラン「ラ・スゥール」のスタッフとして働いている。

 

 父の秋男は運送会社で長距離トラックの運転手、車内泊もザラで帰ってくるのは二、三日置き。存在感は薄いが、おおらかな人柄で子供たちから尊敬されている。

 

 母・千晶は専業主婦で昔はバレーボールの選手だった。保険外交員として働いていたが、秋男と出会い結婚を機に退職、三児をもうけた。容姿端麗で男勝りで姉御肌、リーダーシップに長けている。ところが車の運転中に事故でむち打ち症になり、今でも後遺症に苦しんでいる。身長はバレーボールをやっていたためスラリとしており裕一郎と咲子の体形は彼女譲りだ。

 

 やがて裕一郎は自宅を離れ、たまたま安くていい物件だったマンションで新生活を始めた。

 

 

 (つづく)