数日後、マスララあてに一通の手紙が届いた。

(ミッキーからだわ…いったいどうしたのかしら)

 差出人はミッキー・ネンチだった。

(手紙出したのは、都合悪くなったのかな。もしかしたら、この間の話はなかったことになったのかも…)彼女は封筒の封を丁寧に破り手紙を取り出した。

 ”かあおさのひしあたさはひんあぶさん、ひはあなさとひくあちさをひぬあのさでひおあおさうひこあとさだ。ひしあまさのひみあなさにひつあたさえひてあおさけひ”

(…?)

 意味の分からない暗号めいた文章だった。

(物書きのくせに、訳の分からないことが書かれている。本当に売れっ子作家が書いた文章なの?)

 マスララは、その手紙を持ってミッキーの診療所を訪ねた。この日は休診日だった。

「お忙しい時にお邪魔します。手紙が届いていたから読んでみたら全然意味が分からなかったわ」

「驚かせて申し訳ない。”あさひ”を飛ばしてよんでごらん」

(あさひ…?)

「わかったわ。”かおのしたはんぶん、はなとくちをぬのでおおうことだ。しまのみなにつたえておけ”…?」

「鼻と口を布などで覆っておけば疫病が収まるよ。また他人に移さない効果もある。もし、どこも具合悪くなくても病原体を持っていたらどうする?そのためにするものですから」

「なるほど。病原体は誰でも持っているから、なんですか」

「それから、モニュメントにとっておきの”仕掛け”をしておけば安心です」

「楽しみね。でも、どうして?」

「それはマスララさまには内緒。かつて僕の助手だったドクター・オンサイドに頼んでみるよ。あいつは名だたる発明家だから」

 ドクター・オンサイドーミッキーが研究員時代に助手を務めていたが、数年前に独立している。

「ありがとう。素晴らしいお友達を持って羨ましいわ」

(ドクター・オンサイドね…発明家だけあって期待しちゃう)

 ミッキーは彼に会う約束をして、マスララはシャトゥ城に帰った。

 彼女は城に帰ると、疲れきった顔にため息をつきながらつぶやいた。

(なのにわたくしときたら、役立たずのうるさいガキどものせいで、はなはだ迷惑してるわ。しょっちゅう喧嘩してるから面倒見るの疲れちゃう)

 ”うるさいガキども”とは、シャトゥ城に”居候”しているヤーダ三姉妹のことだ。まだ幼い彼女たち。長女・ナーツは明るく人なつこいが、感情の波が激しく些細なことで落ち込みやすい。次女・キーヨは無口・無愛想・無表情で何を考えてるのかわからずいつもボーッとしている。たまにキレることがある。そして末っ子のユーカはワガママで甘えん坊、思い通りにならないと泣きわめき姉たちを手こずらせている。

 三姉妹のうち、上の二人は学校に通っていたため、専属の家庭教師をつけている。ユーカは四歳になったばかりで、姉たちの勉強の邪魔をすることがありお荷物扱いされている。

 彼女たちには兄のマーサがいたが、学校帰りに事故に遭い他界した。ユーカはまだ物心つかない赤ん坊だった。彼女が兄の存在を知ったのは長姉のナーツからだった。マーサは女の子のように可愛く、誰にでも愛想よく見ず知らずの人にも進んで挨拶をする評判の子供だった。

(マーサ君、男の子なのにいつもニコニコ笑顔が子犬みたいで可愛かったわ。怒った顔は見たことないし、どれだけあの子の笑顔に癒されたことか。兄妹仲もよかったし。よくあんな手のかかる妹たちの面倒を見て立派だったよ)

 マスララは、マーサがどんな子供だったかは、母のアトリエで出会った時に親しくなり、そこに彼がいたのだった。

 (なんて可愛い坊や…)マスララのマーサへの第一印象だった。

 マーサと三人の妹のあまりのギャップに彼女は、(この子達、本当に同じお腹から出てきたの?)と不思議がっていた。

 

 (つづく)