陽奈が帰ってから数日後、椿はイメチェンを図るべく目力の強さを抑えらえるよう、眼鏡を着けることを考えた。元々視力はいいので不要だったが、伊達眼鏡はファッションの選択肢もひろがるそうだ。
(絶対似合わないだろうな…でも自慢だったのがコンプレックスになっちゃったから、それを隠すの一役買っちゃうものね)
さらに苦手だったリップも付けるようになった。コンプレックスが自信につながり、自慢だったのがコンプレックスになったケースは珍しいかもしれない。彼女はまさにそれである。
あれから椿はますくを外し、伊達眼鏡を掛けて生活するようになった。近所から職場から、かつてのクラスメイトから何を言われても動じない心を身につけた。そして太陽のような笑顔を振りまいた。以前の彼女からは想像のつかない変化であった。
「さぁて、仕事行かなくっちゃ!」いつものように自転車を漕ぎ、
「やっぱりますくをしてないと空気が美味しく感じる~」そして職場に到着。
「おはようございます!」
「おはよう。どうしたの?いつもの八神さんじゃないよ。もしかして彼氏?」
「イメチェンだよ。どう、似合う?」 皆、彼女の変貌ぶりに驚いた。
「なんでますく外したの?しかも眼鏡掛けちゃって。眼が悪いのかな?」
「視力はずっといいよ。まさか似合ってないとでも?」
(眼鏡ならまだしも、できれば外してほしくなかったよ。外したら酷くて見てられないよ。八神さんのデカ目はたとえ怖くてもトレードマークになってるもの)
「本当はずっと着けたかった。でも友達がウチに遊びに来て無理やり外させたの。そしたら、”笑顔が素敵!”って褒められちゃった」
「うん。確かに笑ったら歯が綺麗だし、目元以上に眩しいよ」
「笑ったらね、顔の欠点もカバーしてくれるって。それで自信がついちゃった」
「八神さん、あまり笑顔見せたことなかったかし、ますくをしていたらなおさらですもの」
「あとね、私”outstagram"やめたんだ」
「え~残念!せっかくフォローしたのに!」
「いろいろあってね。でも楽しかったよ。まだアカウント残ってるから見てね」
「また始めてみたい?」
「いつかはね」
「八神さん、ますくがない方がずっといいです!それに眼鏡すごく似合ってます!すごく優しそうな顔になってますね」と、後輩の香澄が言うと、
「香澄ちゃん、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな。コンプ隠しにも役立ってるし」
「今まで八神さんのムッツリ顔やお目々ギラギラ顔しか見てなかったから、それは意外でした。目力も抑えられて好感が持てます」
「えへへ…我ながら自慢しちゃおうかな。これからは笑顔を”武器”に頑張ります!これで職場の雰囲気が明るくなるといいね!」
椿の”デカ目”がお気に入りだった上司たちも、
「八神さんにこんな魅力があったとは意外だね。歯も白くて歯並びもよくて、自慢の目元もそれらに押さえられていい雰囲気」
「ありがとうございます!目元以外に褒められるのはすごく嬉しいです!」
「君の笑顔は目元以上に輝いてるよ。これからは”職場の太陽”として頑張ってくれたまえ」
「はい!」彼女は白い歯を輝かせながら元気に返事をした。
彼女にとって、この日はとてもハッピーな一日だったでしょう。
(目元ばかり気合を入れてもね…)帰宅一番、鏡を見てつぶやいた。(デカ目は自慢だし、一生モノだったけど、今ではコンプレックスになったな…歯並びがいいとか歯が白いのは一生モノなんだよね…大切にしなくっちゃ!)
目元の美しさより、口元の美しさこそが最大の魅力であることにようやく気付いたのだ。陽奈や慎一の励ましで自分は変わることができた。目元は笑わなくても話さなくても美しさはアピールできるが、心に残る美しさは太陽のような笑顔、綺麗な歯並びではないだろうか。
「よーし、”自分磨き”まだまだ頑張るぞ!また”outstagram"始めよっかな?今度は”笑顔美人”って言われなくっちゃ!」
いつか、彼女はきっと本物の幸せを掴むだろう。
(終わり)
※この物語はフィクションです。