涙もろい椿は今にも泣きだしそうな顔をして下を向いていた。そして顔を上げ、涙で潤んだ眼差しで陽奈を見つめ、涙を流すのをこらえていた。椿の眼は真っ赤に充血していた。
(この͡娘の眼を見ていたら本当に怖い…殺気づいたオーラで満ち溢れている…)陽奈は恐怖心に苛まれていた。
「椿、どうしたの?お目々真っ赤じゃない!また興奮したの?大丈夫?」
「大丈夫よ。すぐ赤くなっちゃうし、別に病気でもないから」
やがて椿はあふれていた涙を流し、ますくの下まで伝わっていた。
「ゴメンね…ゴメンね…」
「もう泣かない!あんたに涙は似合わない!ますく取って顔拭きなよ」
彼女は陽奈の言う通りにますくを外し、ハンカチで涙を拭った。それでも涙は止まらなかった。
「ほら、まだ泣くつもり?あら、ますく取ってくれたのね。それだけでも嬉しいよ」
ますくで眼だけしか見せなかった椿の表情に、たとえ一瞬でもやわらいで殺気づいたオーラも感じられなかった。
(これで着けなくなる!)と、陽奈は喜んでいた。だが、椿は涙を拭うと再びますくを着けた。
「ちょ、ちょっと!なんでまたますくを?」
「さっきも言ったけど、一生ますく生活でいい。そのおかげで私の人生は明るく前向きになれたの。たとえ怖がられても”デカ目”は一生モノだし、それで可愛く見られたら別にいいと思ってる」
彼女のその一言で陽奈はキレた。
「素顔見られるのが恥ずかしいとか、一生ますく生活でいいなんて、バカげてるよ!それで本気で恋愛ができるとでも思ってるの?あんたは心までますくしてるのね!部屋だって散らかってたくらいだもの。ますくで顔は隠せても歪んだ人間性は隠れてないよ!あんなちっぽけな布着けてイキがってる方が恥ずかしいし、情けない!もう友達やめる!」
「そ…そんな…私だって恋愛したいよ。それを脱しない限り、一生恋愛は無理かもしれない…」
「まだ泣き言言ってるの?そんなに外したくなければそれでいいじゃない。人生明るく変わったって言うけど、私はそうは思わないな。ますく美人でチヤホヤされているうちはいいけど、いずれはボロが出るよ。私が反対の立場なら、それって悪口だし、それで喜んでいる人って頭おかしいんじゃないの?って。だからますく美人って言葉が大嫌いなの!外したらドン引きされそうでね!」
「SNSやっててわかったけど、最初は嬉しかったよ。でもやってるうちにその言葉が悪口としか思えなくなってきて…だけど自分のアピールポイントは眼だけだし、どうせ自信のないパーツは隠れるのだから”長所”を最大限に生かしたかった…やってて損をしたって思わないよ。今でもフォロワーは大切だから」
椿は自慢のデカ目をめいっぱい開き、陽奈を見つめていた。
「あんたの言うことはわかるけどさ、いくらチャームポイント伸ばそうが強調しようが、それを認めてくれない人だっているからね。眼だけ見て相手が惚れてくれるの?ぶっちゃけ眼はどうでもいいと思ってる。特に女の子はね、眼がパッチリしてるのが可愛い・美人、という風潮のせいでますくを着けることに抵抗ないのよね。着けていれば女優さん、外したら顔面崩壊レベル、オンとオフのギャップが怖くてね。鼻や口元は年齢に表れやすいし、隠せば若く見られるしいいことずくめじゃん。そういえばあんたの笑顔って見たことないような…だいたい無表情だし笑顔は自信ないのかな?」
だが、椿は説得する陽奈の心を逆撫でするかのように目玉をクリクリ動かして、無邪気な子供のように振舞っていた。それはまるで目玉がお喋りしているかのように見えた。
(な…何よ…目ん玉グルグル動かして気持ち悪いな…でも上司の言ってることはあながち間違ってないわ。あれだけインパクトがあれば表情は作れるもの)
「あとは、ますく外せば言うことなし!赤ちゃんの頃から今までだってずっと素顔晒して生きてきたんでしょ?もうありのままで生きていこうよ。同じ人間でしょ?誰もあんたの顔なんて気にしてないよ。思いきって外そうよ」
(確かに慎ちゃんも目元はどうでもいい。自信ない部分も磨いてくれって)
(続く)