「あ、お土産渡すの忘れてた」

 陽奈はお土産の入った紙の手提げ袋を椿に渡した。

 「わざわざありがとう。旅行でも行ってきたの?」

 「ううん、デパートの物産展やってたから。久々に会うのに手ぶらじゃ失礼でしょ?」

 「陽奈が帰ってから開けるね!楽しみ!」

 「ところでますく外したくないって、スッピン見られたくないから?」

 「それもあるけど、ちょっとの間、目力アピールのため"outstagram"やってたのね。そこでますくをすれば、それが強調されて可愛く見られるの。自撮りバンバンアップして”カワイイ~””少女漫画のヒロインみたい”って、知らないうちにフォロワーも増えていった。最初は嬉しかったけど、整形だの病気だのと心配するコメントも増えてきたのよね。これ以上続けたとしても、私みたいにデカすぎて怖がられるのも無理があったみたい」

 (”outstagram"やってたんだ。やっぱり)

 「へー、そうだったんだ。遊びのつもりでやってたんだね。それにしてもあっさりやめたとは、もったいないね」

 「でも楽しかったよ。始めたきっかけは、いじめていた男子を見返したかったから。だけど、それは叶わなかった。むしろ励まされたわ」

 「どうして?」

 「ぶっちゃけ目はどうでもいいって。それより自分を磨けって」

 「いいこと言うね、その人」

 「うん。ちょっぴり勇気づけられちゃったな」

 「で、あんたの自撮り見たいな~見せてよ~」

 「いいよ。まだアカウント残してるから。でも笑ったりしないでね」

 椿は自分のoutstagramを陽奈に見せた。

 (”つばっきー”か…フォロワー結構いるじゃん!)

 「キャー!お目々の圧倒的存在感!整形も加工もしてないよね?」

 「してないよ。全部天然」

 「まるでお目々がブラックホールみたいで吸い込まれてしまいそう」

 「あはは…大げさなんだから~」

 「私の三倍か四倍ありそうね。天然なのにあれだけのデカ目はめったにいないよ」

 椿は目元だけ褒められても嬉しさの一方、複雑な気持ちだった。大抵は気味悪がられ、デカ目自慢がかえってコンプレックスにならないか不安を感じていた。

 「ありがとう。あれだけ大きけりゃインパクトすごいよね。私は細いから羨ましくて。これでますくがなければね。今度は素顔でチャレンジしてみない?」

 「えー?!無理無理!私は一生ますく生活でいい。外した顔なんか見たくないでしょ?」

 すっかりますく依存となった椿に陽奈は呆れていた。それどころか、椿の目つきがおかしくなってるのが気になっていた。今にもこぼれ落ちるほど目玉が突出して、黒目周りの”余白”や血走っているところなど、何か病気が隠れているのでは、と感じ取れた。

 「お目々だけ見せても怖がれたりしないの?職場の人たち、どう思ってるの?」

 「上司はすごく気に入ってくれてるわ。眼だけで表情豊かにしてくれるって」

 (確かにクリクリ上下左右に動かしてるから、なんていうか小悪魔的というか…お世辞だけど無邪気な子供みたいで可愛いよ…)

 「でも、それ以外は全然自信ないの?いくらますくで隠しても、隠れている部分はどんどん劣化してるし、それだとますます外せなくなるよね」

 「うん。肌はボロボロになってるし、ほうれい線もすごいよ。自分で言うのもあれだけど、年齢聞かれたら驚かれるくらい。外したら笑われたりバカにされるに決まってる」

 「う~ん、そこまで気にしてないと思うよ。外せない外したくない人は思い込みは激しい、というか自意識過剰じゃない?」

 「言われてみれば確かに…」

 「私だってコンプレックスはあるよ。あんたとは逆で眼は細くて、あんたみたいなデカ目が羨ましいわ。それこそ無い物ねだりよ。気にしたところで誰かが何とかしてくれるとでも?」

 「陽奈にはわからないよ。子供の頃からずっとからかわれてきた。”おばけ”や”バケモノ”って。陽奈みたいなパーフェクトなのが羨ましい。なのに自分の取り柄ときたら眼だけって…悲しすぎる…」

 「そのからかわれてきた眼は今では自慢でしょ?」

 「大きければ可愛い、だろうけど私みたいに大きすぎてもキモいって。陽奈はモデルさんみたいにシャキッとしてるし顔立ちもシュッとしてるから、すごく憧れてる。やっぱり無い物ねだりよね」

 「私は綺麗、可愛いはトータルで見ないとわからないと思うの。あんたは目元だけしっかりアピールしてもぶっちゃけ魅力やオーラも感じないわ。大きかろうが小さかろうが関係ない。もう”ありのままの自分”で生きていくしかないよ」

 「陽奈にはわからないけど、子供の頃、母から”あんたは目ん玉だけはとびきりデカくてお人形さんみたいで可愛いのに、他ときたら…いったい誰に似たのか”と言われたことはいまだ忘れていない。おまけに学校行くたびに同級生の男子から”やーい、めだまおばけ、お面被ってこいよ”とからかわれて学校行きたくなくなって。もう悔しくて悔しくて…」

 「あとね、”目は口程に物を言う”を勘違いしてない?あれは口元も見せないと意味が成さないの。目元だけでも感情は伝わるけど、伝わるのは怒り・悲しみ・憎しみといった負の感情だよ?喜びなんて伝わると思ってるの?私はますくをしても喜びなんて表現できないし、”ますくの下は笑顔で”なんてあり得ない!たとえそれは笑顔じゃなく引きつった笑いなの!ま、あんたとますくは相性がいいってことね。私は風邪引き以外絶対着けないよ。だって嫌いだから。わざわざ着けてまで”顔面偏差値”上げたくないもの」

 椿は陽奈の釘を刺したかのような一言一言にうなずくしかなかった。

 

 

 (続く)