病院ではー
「えーっと、810号室…ここだな…」
摂子と弟一家は、父の病室に着いた
病室に入り、父・正幸は酸素マスクは外されていたが、点滴はしたままだった
顔色は前日と比べると多少良くなっていた

「あら、みんな。よく来てくれたのね」
病室には、母のきよみが付き添っていた

「親父あまりよくないんだって?母ちゃん、うちのチビこんなにおっきくなったよ」
摂子の弟・直紀は我が子を抱き上げた

「うん。助かる見込みは…微妙ってことかな」

「ふーん、そうなんだ」

母と摂子は、孫を代わる代わる抱っこをして、
「ばあちゃんだよ~この子はパパの背丈を越えるかもね。いくつになった?」

「来年小学校だよ。そろそろ弟か妹、欲しくなってきたな」
母のきよみは孫の成長に目を細めていた

「姉ちゃんも早く子供作りな。子育て楽しいぞ。あ、それより婚活まだしてないの?」

「もう、ナオったら」
摂子は弟のキツい一言にグサッときたが、彼のしあわせそうな顔を見ると、いつかは自分も幸せな家庭を築きたいと考えていた

(ゆくゆくは私も…うふふふ…)

「親父、俺だよ!わかるか?チビもこんなに大きくなったよ!」
息子の声に父はうなづいた

(なんとかわかってくれた…よかった…)

日々はあっという間に過ぎていき、数週間後には
正幸は食事も普通に食べられるほど、病状が快方に向かっていた

顔色もぐっと良くなり、

「病院の飯がこんなに美味いとはな!」
彼は出された食事をペロリと平らげた
だが、普段は大食漢だけに、量は物足りなかった

「これだけじゃ、すぐに腹が減るよ」

「だから、売店でおにぎりと飲み物買ってきたよ。あとで食べてね」
摂子は売店で買ってきたおにぎりなどの入った袋をベッドの枕元に置いた

母のきよみは、

「しかし、医学の進歩はすさまじいね。昔は不治の病といわれてたのに、完治できるようになったもの」

愛する夫の病状が完治まではいかなくても、普段の生活に戻れるよう期待を弾ませた

「昨日、元仕事仲間が見舞いに来てくれたよ」
正幸はご機嫌だった

「外泊の許可はまだ下りないのかな」

「主治医の指示がないとダメだろ」

「それは残念。久しぶりの我が家、帰りたくなったでしょ。もし帰ったら、みんなですき焼きパーティーしようよ」

「そうだな。楽しみにしてるよ。それに、キンタが心配だ」
正幸は張りのある大きな声で話した

「あら、キンタなら私が毎日散歩に連れてってるじゃない」
つかの間であるが、久しぶりに家族に笑顔が戻った

「でもよかったあ。このまま良くなるといいよね」
家族は胸を撫で下ろし、ホッとした様子で病院から出た
しかし、奇跡は長くは続かなかった

あれから月日が経ち、紅葉が桜に変わろうとする頃、経営不振に陥ったBICKSでは、期待されていた新人がいなくなったことですっかり閑散としていた
(また新人を育てないと…)

他にも、事務所の存続、後継者や所属芸能人の移籍など、様々な問題が山積されていた
経営不振に陥った責任として、社長の雪美は事務所を畳むことを考えていた
(私は大阪に行っちゃうし、せっちゃんが引き継いでくれるかどうかだし…)

「あ~あ、暇だわ」
彼女はため息をつきながらつぶやいた

「おはようございます。社長」
摂子が出勤し、

「せっちゃん、お父さんの病状は?」

「長くてもあと一週間持つか持たないか…それよりふたばさん、いや白旗さん、アメリカへ行ったそうですよ。たしか、ユーコさんも一緒だったと思います。私、彼女たちと大家さんの話を耳にしちゃったんです」

「白旗さんのご主人、アメリカにいるって」

「よかったです。向こうで幸せに暮らしてるでしょうね。ところで社長、いつ息子さんの所へ?」

「もうちょっと先かな。息子ね、マイホーム建てたの。24歳にしてマイホーム、すごいでしょ。我が子ながら自慢しちゃう」

「若くしてマイホーム、すごいです!だいぶ貯金してたのでしょうね。うちの弟、30ちょいだけど、まだアパート暮らしですよ。マイホームのため、お金貯めてるよ」

「でもローン組んでるから大変。30年も掛けてるし。孫ができるまで掛けなきゃならないとは」

「お嫁さんはまだですか?」

「もう婚約してるよ。10月に式を挙げるって」

「旦那さんも一緒ですよね?」

「先日、会社に退職届出したところよ。せっちゃんのお父さんには随分お世話になったわ。向こうで次の職場探さなきゃ」

その時だった
摂子の携帯の着信音が鳴った
「今すぐ病院に来て!父ちゃんが…」
母のきよみからだった



(続く)