看板スター誕生かと思われていたBICKSではー

「あの時のふたばさん、ものすごく暴れていましたよ。私も止めに入ったけど、手に負えなくて。鬼のような形相でした。怖くて怖くて。あれが彼女の本当の顔だと思いますね。でもあれだけのことですべてキャンセルなんて…」
紀子のマネージャーだった摂子は納得いかなかった

「彼女が出ていた番組、放送事故では済まなかったのでしょうね」

「だから言わんこっちゃない。やっぱ老害だったんよ、あの人。でも自分から辞めたんだって?芸能界を甘く見すぎたのよ。せいせいしたわ。BICKSの顔はあたしたちだから!」
アキとエリは口を揃えて言った
(追い出す作戦したところで、結局自滅したのね、やれやれ)

「干されちゃったのよ。それに自分から辞めちゃったんだし、去るもの追わずっていうじゃない。BICKSの看板背負わなきゃ!というプレッシャーに押し潰されたのかも、きっと」

「そうですよね。ちょっとスッキリしちゃった。彼女苦手でしたから」と、摂子
「せっかく私がスケジュール組んでおいたのに、尻拭いさせられるとは。あ~あ」

「芸能界に嫌気が差してきたのかな。長年の夢が叶っただけでも満足したのでは」

その時、摂子の携帯の着信音が鳴った
「摂子、父ちゃんが…」
母・きよみからだった

「家で倒れて、たった今救急車で病院へ…私も病院へついていってるところよ」

「ちょっと待ってて。すぐそっちに向かうから。どこの病院?」

「花草病院、自宅から車で30分くらいよ」
きよみは電話を切った

「今、母から電話があって、お父さん入院したって。これから病院へ行ってきます」

「あら、大変」

「家で倒れて救急車に運ばれて…」

「急だったのね。いってらっしゃい。お大事に」

「じゃ、行ってきます」
摂子は車を飛ばして、父・正幸が入院している花草病院へ向かった

(ここね…ずいぶん寂れてる…)
花草病院は建物が古く、小さな病院のため、彼女は不安そうだった
父の正幸は、若い頃腰を痛めて手術のため数日入院経験があるが、それ以外は大病患うことなく元気に過ごしていた
診察の結果、ガンであることがわかった

(お父さん、酒も煙草もやらないのに…)
「かなり進行している。あまり長くないと思うよ」

「ガンって、何ガンですか?」
摂子は主治医に聞いた

「倒れた時、腰の辺りを押さえていたから、大腸ガンじゃないか。本人はすごく痛がってたようだ。ガンもあちこち転移している。助かるかどうかは、運次第だ」

(そんな…)
「もうあきらめた方がいいのですか…」
摂子は涙を流した

「薬で延命できることは可能だが、薬の副作用を考えて本人や家族が拒むことがある」

(せめてお父さんの前で花嫁姿を見せたい…)
「お父さんは何号室にいますか?」

「四階の810号室です。私が案内しますから、ついてきてください」
側にいた看護師の女性に連れられ、摂子は父のいる病室に入ると、身の回りの世話をしていた母は医師から、
「ご主人の余命はあと…」
と、余命宣告を受けていた

(お父さん個室になんだ…)
父の正幸は酸素マスクを着けられ、腕には点滴の針が刺さっていた
意識ははっきりしているが、食事は点滴で栄養を摂っていた

「お父さん大丈夫?しっかりして!」
摂子は父の体を揺すった

「摂子、忙しいのに来てくれたのか…」
正幸は弱々しい声で話した

看護師は、
「森川さんの付き添いをすることになりました、広野さゆりです」
と、か細い声で挨拶をした

「お世話になります。広野さんですか。偶然ですね」

「こんなところで森川さんと会えるなんて」

「広野さんが看護師をされているとは、知らなかった」

「メンヘラで看護師って、おかしいでしょ?」

「病院に心療内科はないのですか?」

「ええ。10キロ離れたところにあって、そこでカウンセリング受けてる」

「なるほどねー」
(なんか頼りなさそう…顔色も悪いし…病人が病人の面倒見てるみたい…)

さゆりは、マッチ棒のように痩せており、貧相な顔つきをしている
夫と二人の子供とは別居中で、あひる荘で独り暮らしをしている
また、メンヘラなのが別居の原因だ

「これから血圧測ります」
さゆりは血圧を測った

「今のところ落ち着いています。脈も異常ありません。どうかお大事になさってください」
一安心した摂子と母は病室から出た

翌日、摂子は事務所に出勤した
「あら、せっちゃん。おはよう。お父さんの具合どうだった?」
と、雪美はたずねた

「今のところ落ち着いてますよ。でも点滴していたから、ご飯がまだ食べられなくて。そのうち少しずつ食べさせていくんじゃないかな」

「それはお困りのようで」

「余命宣告されてるし、長くてもあと一年…」

「辛いよね、お父さん。今まで大きな病気したことなかったでしょ?」

「ええ。でも腰痛めて手術で入院したことがありましたね。父は健康なのが取り柄ですから」

「ところで、弟さんに連絡したの?」

「残業があったから来れなかったって。今日は来れるって言ってました」

「せっちゃんに話があるんだけど…実は私、近々息子と同居することになったの」

雪美は、鉄工所勤務の夫と賃貸マンションに暮らしており、マイホームを持ちたかったが、子育てにお金がかかるなど経済的に余裕がなかったので諦めた
彼女の夫は摂子の父・正幸の元部下だったが、現在は部長に昇進している
息子は就職のため、大阪に出ており営業職として働いている

「え?本当ですか?息子さん、たしか大阪にいるって…?」

「そうよ。そこで働いているよ。大阪といっても、息子の家は街の外れにあるの。周りは公園とか緑が多いよ」

「私は小学校の修学旅行に行ったくらいかな」

「せっちゃんが小学生からということは、あれからだいぶ変わっちゃってるものね」

「社長、なぜ事務所を辞めて息子さんと同居するのですか?引き継ぐ人いないじゃないですか」

「詳しいことはまたいつか話すから、それよりせっちゃんはお父さんが良くなってくれるよう、面倒をみること。私も祈ってるから」

「ありがとうございます。でも付き添いの看護師がいますから、心配ないと思います。今日は弟の家族と一緒に行ってきます」

「それではお大事にね」



(続く)