翌日、紀子は久々にBICKSを訪れた
「こんにちは~白旗ですが、社長はいませんか?」

「あら、白旗さん。ご無沙汰してます。手紙読まれたのですね?」
社長の雪美が出てきた

「こちらこそお久しぶり。早速来たよ。あれからここの経営はどうなの?」

「あなたが辞められてから大ダメージですよ。次のスターもなかなか育ってないし…」

「深刻なんだね。私があんな騒ぎ起こさなければ…」
紀子は事務所を辞めてから、事務所は経営不振に陥っていた

「今さら何を言ってるの。終わってしまったことを口に出しても仕方がないでしょ。先生に恩を仇で返すなんて、先生悲しんでますよ。教え子が騒ぎ起こしちゃダメなのに」

「先生には申し訳ないです…大スターになるのが先生への恩返しだったから…」
紀子はあの時、騒ぎを起こさなければよかったと後悔しているが、悔やんだところで何も始まらないと考えた

「だから、それ以上に幸せを見つけたんです。それはあとで言うから。あれ?摂子来てないけど?」

「もうじき来ますよ。今、送迎しているところですから」

「ふーん。手紙読んだけど、事務所辞めちゃうんだって?」

「息子の所へ行くことになったの。主人も一緒に」

「息子はいくつ?」

「24です」

「なら、うちの息子より一つ年上か」

「自慢じゃないけど、マイホーム建てちゃった」

「うらやましいよ。うちは旦那のせいで手放したよ」

「それはもったいない。いずれはマイホーム持つでしょ?」

「期待してないよ。あいつは家より車だからな。ちょっと聞くけど、事務所摂子が引き継ぐって?本当?まさか、無理だよね?」

「彼女、ああ見えても芯はしっかりしてるのよ。仲間からも頼りにされてるし。だから継いでもらおうかと」

「なんだ、決まってないのかいな」

「ううん、これから打診するところよ」

「予定って書いてあったから、ほぼ決まりじゃん。事務所潰れるわ」

「もー、白旗さんったら。あ、ごめん忘れてた。ギャラが入ったから渡さなきゃ。前に私から借りたのと、カメラ壊した分は引いておきましたから。はい」
雪美はギャラが入った袋を紀子に渡した

「いくら入ってるかは、帰ってから見てくださいね」

「ありがとう。私もアメリカで旦那と暮らすよ」

「本当?息子さんはどうするんですか?」

「彼女と一緒だよ。近々入籍するそうよ。だから、ずっといてるよ」

「そうなんですか!お互い幸せになりましょうね!」

「私も頑張るわ!今まで以上に!あと、摂子や先輩らにもよろしくな!」
紀子は事務所に別れの挨拶をした後、自分のアパートに戻り、ギャラの入った袋の封を切った

(思ったより少ない…それもそのはず、大福から借りたりカメラ壊したもんな~アパート代はなんとか払えそうだけど、雀の涙しか残らんかった。これではアメリカには行かれないよ)
中身を確認し、思ってた金額ではなかったが本人としては満足しているのだろう

 

「あとはパスポートと入国許可申請しないと…」

月日が経ち、紀子とユーコはあひる荘での最後の夜を紀子の部屋で過ごした
「綺麗に片付いてるね~うちはなんとかの手を借りたいくらい」

「あったり前よ。だって明日でしょ。ここ出るの」

「うん。ボロいアパートだったけど、ここでの思い出たくさんできたし」

「寂しいよね。大家と揉め事もあったけど、なんだかんだで居心地よかったもの」

「ところでのんちゃん、アパート代は払えたの?」

「うん、ギャラ入ったから何とか…でもほとんどそれに消えちゃった」

「旅費はどうするの?足りないでしょ」

「息子に助けてもらったよ」

「よかったね。私、のんちゃんのおかげでここで暮らすのがすっごく楽しかった。でも一緒にアメリカ行っても離ればなれになっちゃうから心細くなるわ」

「大丈夫だよ、心配しなくても。いつかまた会えるよ」

「のんちゃんにそう言ってもらえると私、今までそんな暖かい言葉かけてもらったことなかった…」
ユーコは嬉し涙を流した

「泣いちゃダメだよ。ユーコらしくない。鏡を見てみて!あんたに涙は似合わない!」
ユーコは鏡に写る自分の顔を見て涙を拭った

「それでは、最後の杯を交わしましょー!カンパーイ!」
二人は最後の杯と称し、酔いつぶれるまで飲み明かした

(こうして過ごすのも、今日で終わりね…友情よ、永遠に!)

そして、翌日、二人はあひる荘に別れを告げる日がやってきた
紀子は荷物がたくさん入った大きな旅行カバンを下げていた
旅費に関しては、ギャラをあてにするつもりだったが、滞納していたアパート代にほとんど消えてしまい、到底足りなかったため、息子の秋保に協力してもらった
一方、ユーコもキャリーバッグを引きながら管理人の知加子に最後の挨拶をしにいった

「大家さん、今までさんざん迷惑かけてごめんな。ユーコとアメリカに行くよ」

「白旗さんのご主人、アメリカに?」

「うん。転勤になってから、全然帰ってこない。たまにSpekyで話すくらいだね。息子が会いに行くことがあるよ。でも、そっちに永住権持つようになったから、私も一緒に暮らすことにしたよ。本当にお世話になったな。このアパートと別れるのは寂しいし、思い出もいっぱい詰まってる。だけど近いうちに取り壊されるって?」

「私が生まれる前からあったから。町内会から取り壊しの話が挙がってましたよ。決まったかはまだわからないけど…」

「ユーコもパパに会いに行くって。私は旦那と幸せに暮らすよ」

「歌手の方は?」

「もう辞めたよ。先生には申し訳なかったけど、夢を叶えてくれただけで十分だった。トラブルも結構あったけど自分としては満足している」

「それは残念ですね。でもあなたには自分が決めた人生があるから、それに向かって進むことは素晴らしいと思うよ。だからどうか幸せになさってください。それからユーコさん、お父さんもきっと喜ぶでしょうね」

「私、本当はパパと一緒にいたかったの。でも約束したよ。ママと一緒に暮らすから、パパにもいつか会いにいくって。それでやっと会いにいけるから嬉しいわ」

「それはよかった~」

「でもまた日本に帰ってくるよ。帰ってもたぶんママと暮らすから」

「みんな幸せにね。気をつけて行ってくるのよ」

「ありがとう!じゃ、行ってくる!さらば、あひる荘!みんなによろしくな!」

「サンキューあひる荘!グッバイあひる荘!フォーエバーあひる荘!」
二人は知加子に手を振りながら長年住んでいたあひる荘を去った

(白旗さん、厄介者扱いしてたけど、根は良い人なんだな…ユーコさんとはほんと、仲良しだったのね…)



(続く)