(あっ!)
紀子は差し入れが無くなっていたことに気がついた

(さっき先生らが…人数多かったからな…きっと足りなかったんだろな)

「どうなさいましたか、ふたばさん」

「あ…あの…ここにあった…」

「差し入れね?あ、ごめんなさい。先生やバンドの皆さんの分がやっとで、ふたばさんの分まで足りなかったのでしょうね」

「もー、大福ったら。私、腹が減ってるのよ」

「すみません…そこまで気遣なかったもので…」

「社長、私が買ってきます」
摂子は紀子の弁当を買いに、近くのコンビニへ行った
(意外に気がきくな、摂子って)

「ね、せっちゃんは優しいでしょ。さすがマネですよね」

(大福のヤツ、すっかり気に入っちゃって。あんな賞味期限切れ女)

「ふたばさんお待たせしました」
5分ほどして摂子が弁当にを買って事務所に戻ってきた

(げげっ…私の嫌いなグリンピースが入ってる…嫌がらせかよ、ったく)
摂子が買ってきたのは、豆ご飯弁当だった
紀子は豆ご飯のグリンピースが大の苦手

「どうかしましたか?」

「い…いや、別に…じゃ、いただきます」
(腹が減ってたから仕方ないや)
彼女は仕方なくせっかく買ってきてくれた豆ご飯弁当を食べていた
が、グリンピースはしっかり残していた

「ちょっと流してみましょうよ」
(えっ?もう流す?)

「ここは、インターネットの放送局も兼ねていますから、あっという間にひろがりますよ」

都ふたばのデビュー曲"初恋記念日"は、動画サイトにアップされ、瞬く間にひろがった
だが、ネット上の評判は散々だった

【なによ、都ふたばって、だっさ~い。演歌みたいな名前】

【名前に似合わぬアイドルっぽい曲名ね。選曲ミスじゃない?】

【キャバクラで歌えよ。いや、キャバクラで働いてる人に失礼だな】

【ババドルなんて需要あんの?誰得】

【老害!目が腐るわ!】

【勘違いもはなはだしいね】
と、ブーイングの嵐が飛び交う一方で、

【下手なアイドルより、歌は上手いよ】
と、少数派だが好評価も出ていた

(オバサンアイドルとして売り出すのは無理があると思う。でもそれで売り出すのが我が事務所の方針だから…)
雪美は紀子がオバサンアイドルとしての希望の星であると期待を持たせているのだ

「あ、そうだった!旦那にデビューしたのを知らせなきゃ!」
紀子はアメリカにいる夫・太郎にSpekyを送り、デビューの喜びを知らせた

【私、本当に歌手デビューしたよ~】

【おい、冗談だろ?夢見すぎじゃないのか?】

【本当だって~!まだ信じてくれないの~?じゃ、私の歌聴いて】

側にいた雪美は、デビュー曲"初恋記念日"を流した
【おっ、なかなかいいじゃないか。これ、お前が歌ってるのか?】

【私が歌ってるに違わないでしょ!これからはTVや取材なんかで忙しくなりそう】

【それはよかったな。でも、芸能界を甘く見るんじゃないぞ。それからここはTVが映らないこらな。ま、陰ながら応援するよ】

【ありがとう。秋保にもいっておくから】

【あと、もし、ダメになったら、こっちに来いよ。永住権持つことになったよ】

【そうなんだ。でも私、英語喋れないけど、大丈夫かな?】

【心配するな。こっちは日本人も多いし、現地の人だって言葉には不自由しないと思うよ】

【それじゃ、応援よろしく~】
(旦那、少しは理解してくれたかも)

「ふたばさんの旦那さんいい人ですね。幸せじゃないですか」
と、雪美が言うと

「そんな~大した人じゃないから。賭け事で借金作っちゃって、それで別居中だから」




(続く)