レッスンはレコーディング前日まで続いた
「ご苦労さん。よく頑張ってくれた。これを渡しておこう。明日は待ちに待ったレコーディングだ」

紀子は有馬から歌詞カードをもらい、自分のアパートに帰って、歌詞を見ながら口ずさんだ
「また怒られるかも…でも私がデビューするとわかったとたん、うるさく言わないかも。だからいいか…」
彼女は手ごたえをつかんだ

「レコーディング、一発OK出すぞー!」

そして翌日、BICKSのスタジオで行われるレコーディング当日を迎えた
スタジオには有馬とバンドがスタンバイしていた

「先生おはようございます!この日を待ってました!」

「おっ、張りきってるな。この調子でレコーディングに臨んでくれ」

「はい!」
紀子は快く返事をした

「これからバンドの演奏に合わせて歌ってもらおう。その前に、伴奏に合わせてリズムをとる。そうすれば、本番でNGを出さなくてすむだろ?」
(NG出さなくてすむって、音程外してたらやった意味ないじゃん)

「歌詞を見ながらですよね?リズムをとるって。昨日うちでやったんですよ。そしたら、いい感じでレコーディングに臨めそうで」

「そうだな。とりあえず、演奏だけ聞いてくれ。歌詞を見ながらリズムを取るんだよ」

「3,2,1…!」
バンドの演奏が始まり、紀子は歌詞を見ながらリズムを取っていた

「リズムをつかんだか?」

「ええ、なんとか。案外簡単でしたよ」

「では本番いくとするか。いいかな?」
(え?もう本番?いきなり…)

「はい、よろしくお願いします」

「3,2,1…!」
彼女は演奏に合わせて歌い始めた

「ダメだ!音程が外れている!それから、もっと感情こめて!やり直し!」

「はい!」
(あ…大事なところで声が出ない…)
歌っている途中でいきなり止まった

「どうした?!」

「ごめんなさい。思うように声が出せなくて…」

「落ち着け!それまでのレッスンが無駄になってしまうぞ!」

「ありがとうございます…」
紀子は泣き顔になり、目には涙があふれていた

「泣くなよ、おい…名前まで泣かすなよ」

「はい、もう一度お願いします!」
今度こそ失敗しないよう歌いきると、これで最後だ、という気持ちで歌いだした

(泣いてたら私らしくない!いつもの自分じゃない!都ふたばに涙は似合わない!)

♪窓越しに見つめる 今日のあなた
 暖かい日射し さわやかな風
 後ろ姿にトキメキが止まらない
 ゆらゆら揺れる陽炎踏みしめ
 振り向かないで 走ってく
 ひろがれ ひろがれ 恋心
 ふくらめ ふくらめ 胸騒ぎ 
 素敵な 素敵な一日迎えそう
 だって今日は 初恋記念日

 遠くを見つめる あなたの瞳
 澄んだ青空 流れゆく雲
 こぼれる笑顔ドキドキが止まらない
 ふわふわ浮かぶ綿雲目指して
 大空向かって ジャンプする
 とどけよ とどけよ 恋心
 つたえて つたえて 胸の内
 素敵な 素敵な一日迎えそう
 だって今日は 初恋記念日  
 だって だって今日は 初恋記念日♪

「よし、OKだ!よかったぞ!」

約5時間におよぶレコーディングは無事に終わった
(やれやれ、長かった…やっと終わった…)
紀子は安堵感に浸っていた

(3分ほどの曲が100倍も時間がかかったとは…思ってたよりキツかった…)

彼女は、バンドの方々にお礼を言った
「本日は私のために時間をくださってありがとうございました」

「ご苦労だったな。どんな曲になったか、楽しみだね」

雪美と摂子も彼らを出迎えた
「お疲れ様でした。差し入れが届いてますよ、皆さんで召し上がってください。はい、どうぞ」

事務所には、差し入れの弁当やデザート類などが届いていた

「わーい、嬉しいな~私、これ大好き!」
紀子は少女のようにはしゃいでいた
一番先にいただこうとしたが、

「ちょっと待ちなさい。順番があるのよ」
と、雪美

(ちぇっ、大福め、自分らだけうまい汁吸うつもりだな)

「先生、バンドの皆さん、どうぞお召し上がりください」

「おっ、こんなにたくさん。いただいてもいいのかい?」

「ええ。お世話になりましたから」
(え?先生今日でお別れ?)

「先生、もうお別れですか?」
紀子が有馬に聞いた

「いや、次の曲のレコーディングが近づいたらまた来るよ。とりあえず、今日でいったん失礼させてもらう」

「そうでしたか。お世話になりました。次の機会によろしくお願いします」

「じゃ、ヒットを祈ってるよ」

「ありがとうございます。バンドの皆さんもお世話になりました」

「また何かあったら呼んでくれ。それでは失礼」
有馬とバンドの面々は雪美らに言い残して事務所を去った

有馬が講師を務めるあざみが丘音楽アカデミーとBICKSの関係についてだが、BICKSの先代社長とアカデミーの校長とは従兄弟にあたり、それがきっかけで両者と契約を交わした
有馬はアカデミーからBICKSの専属講師として送られている



(続く)