そんなある日、一通のDMが彼女の郵便受けに入っていた

【歌手を目指したいあなた!いつやるの?今でしょ!今がチャンス!上手い下手は関係ありません!ぜひ当事務所にて歌手生活を始めてみませんか?】
送り主はBICKS(ビックス)という芸能事務所だった

(なんて偶然!)

このDMを読んだ紀子は、
(しかし、なんか怪しいね…いくら歌手になりたいからって、騙されるもんか!どうせ悪質メールでしょ)
と思いつつ、このチャンスを逃したら二度と訪れないと、思いきって事務所へ電話をした

「もしもし、BICKSさんですか?先日うちに届いたDM読んで、オーディションに応募したいのですが…」

「オーディションの件ですか?DMちゃんと読まれましたか?」
 
(へっ?)
 
紀子はDMを最後まで読んでなかったらしく、
【オーディション応募希望の方は、顔と全身写真と履歴書、自己PR文を送付してください。書類選考により、受けられる方を決定します】
 
「すみませんでした。最後まで読んでなかったもので…」
(早とちりもいいとこだわ)
 
「書類選考の上、一次審査を行います。日時・場所等は後日お知らせいたします。それではよろしくお願いします」
 
「わかりました。どうも失礼しました」

(へぇー、事務所主催のオーディションか~え?一次?ということは…二次三次もあるの?つーか、写真?!最近撮ったヤツないし、どうしよう…このへんに写真屋はないし…あ、そうだ!)
紀子はあることにひらめいた
 
「スマホで撮ろうか…でも自撮りって難しいし…”彼女”に撮ってもらおう」
さっそく”彼女”に写真を撮ってもらい、履歴書を書くのだが、
 
(書くのって苦手。就活じゃあるまいし。何書けばいいのよ、職歴なんかちょくちょく変えてるから全部書くのは面倒くさい。それから自己PRって、自分の取り柄はモデル並みのスタイルの良さと、歌うたうことが三度の飯より好きってことかな…よーし、これでOKっと)
そして紀子はオーディション用の書類を郵便ポストに投函した
(書類選考通るかな…)

数日後、事務所より連絡があった
「BICKSの森川と申します。オーディションの書類選考の結果ですが、あなたが30人の一人に選ばれました!一次審査ですが、一週間後の午前10時より、当事務所専属スタジオにて行います。それまでに練習を積んでおいてください。また、会場までの交通費等はご自身の負担となります」
(森川?たしかうちのアパートにいたような…交通費自腹かよ…関係ないな、歩いていけるから)

「そうなんですか!」

「それでは、頑張って下さい!」

「はい!よろしくお願いします!」

(私って運よすぎ~!一週間後かぁ…)
紀子はワクワクしながら、一次審査が来る日を待っていた
「よーし、練習がてら歌うとするか!」

すると、管理人の知加子が部屋にやってきて、
「あのー、白旗さん、もう少し静かにしてもらえませんか?」

「えーっ?私一週間後にオーディションを控えてるのよ。そのために練習しなきゃなんないのに、口出ししないでくれる?」

「練習だったら、カラオケボックスでもできるんじゃない?」

「そんなとこないない、このへんじゃ。何言ってるのかねぇ、練習できるわけないじゃん。さっさと帰って」

「でも、住人や近所から苦情が来てるんだけど…」

「そんなの知ったことないしー。私の歌が雑音だなんて思ってるのかねぇ、大家さん?」

「いや、私じゃなくて」

「ユーコは上手いってほめてくれるのに、わかってないね~」

「とにかく、夜遅くまで歌うのはやめてって言いたいの。迷惑だから」

「あ、そう?わかったわよ!」
紀子はイライラを抑えきれず、部屋のドアを思いきりバーンと閉めた

(ホント、白旗さんって自己中でマイペースなんだから)知加子は呆れて開いた口がふさがらなかった

ユーコというのは、紀子の隣の部屋に住む帰国子女だ
ユーコ・べッサーランドといい、彼女の唯一の理解者であり親友だ
オーディション用の写真を撮ってくれたのは、実はユーコだった
バイリンガルで髪は肩に届く長さ、背が高く、学生時代はバスケットボールの選手だった
父はアメリカ人、母は日本人のハーフで、父とは幼い頃に離婚、その後母の実家で英会話教室を開いた
母娘二人暮らしが続いていたが、理由あってあひる荘の住人となり、紀子と意気投合するようになった
彼女は紀子を"のんちゃん"と呼ぶほど親しくなった

「ユーコお邪魔しま~す!」

「あら、のんちゃんどうしたの?相変わらずハイテンションね~」

「ここで歌っていい?実はねー、オーディションが一週間にあるんだけど、ここなら、気兼ねく歌えるもん。だって、大家からとがめられてるのよね」

「大家のいうことはほっときな。のんちゃんなら必ず受かるよ。応援するよ」

「サンキュー!でも、まだ一次選考だからな~」

「マジで?厳しいんだ」

「うん。二次三次までいけるかどうか…実力と運がモノを言うかもね」

「大丈夫よ。のんちゃんは歌が上手だから。ホントよ、お世辞じゃないから」

「ほめてくれるのは、ユーコしかいなくて。周りは迷惑だ雑音だっていってるのに」

「あら、そう。無視しとけば?うちなら、遠慮しなくてもいいから」
この日はユーコの部屋で一夜を明かした

「それじゃ、オーディション頑張って~ファイト~」

「ありがと~頑張るわ~ユーコ大好き」
まるで女子会のようなノリでユーコの部屋を出、自室に戻った
 
 
(続く)