彼女は男に見覚えがあるのかと思っていた


(まさか、あの人は…ひょっとして…)


男は小太りで、頭がはげあがり、無精ひげを生やしよれよれの作業着を着ていた


(ウチの旦那…?)


きっと自分の旦那だと思い込んでいたが、まさかネット世界に飛び込んでくるとは、とても考えられない


(そんなわけないか。あの人、ネット興味なくてバカにするくらいだもの)


とはいえ、自分の女房がいなくなり、退屈しのぎでPCいじっているうちに、自分と同じことが起きてしまったのだろうかと


(私がいなくなって寂しいのかな?いやいや、いなくなって清々してるのかも。ま、どうでもいいか。忘れてしまえ)


唯助は、”喧嘩相手”がいないことに、どことなく虚しさを感じていたのだろう


だが、普段から仲が良くないため、いなくても空気のようなものと感じている



一方、朝日奈家は―


娘の爛が学校から帰宅した


「ただいま~。マロン、いい子にしてたのね。あれ?誰もいない。そっか、お父さんまだ仕事から帰ってきてないんだ」


家では、留守番をしていたマロンが飼い主が帰ってきたとたん、嬉しそうに鳴いた


やがて日が沈み、夜を迎える頃、仕事から帰宅するはずの唯助が帰ってこないのだ


二人の兄も、バイトや部活を終え、次々と帰宅


「あれ、オヤジまだ帰ってきてないのか?残業かな?」


「わからないよ。お父さんから何の連絡がないから。遅くなるのなら連絡あるじゃない」


「もうちょっと待ってみましょうよ。残業かもしれないし」


「オヤジが残業なわけないだろ。今まで残業したことあるのか?」


「そうよね。仕事忙しくないからずっと定時で帰ってくるもの。寄り道もしたこともないのに」


「まさか、彼女ができたんじゃ…」


「あははは…お父さんに彼女?お母さんいなくなったから嬉しいわ。新しいお母さん、歓迎する」


「新しいお母さんか…!」


兄たちは新しい家族が来てくれることを待ち望んでいた


「いや、オヤジに女がついてきてくれるのか?あんなだらしないおっさんに」


「見た目はだらしなくても、金目当てについてくるんじゃない?」


「金があればね…いくらイケメンでも金がなけりゃな」


「あ、そういえば、お父さん、おばちゃん家にいるんじゃ…」


「ほまれおばちゃんとこかもしれないよ。おばちゃんにきいてみようか」


息子たちは、叔母であるほまれに電話をかけた


「こんばんは。おばちゃん。夜分に失礼。オヤジ来ていない?」


「こんばんは、天くん。兄さん来てないよ。どうしたの?」


「オヤジこんな時間になってもまだ帰ってきてないんだ。もういい加減帰ってきてもいいのに」


「残業じゃないの?それとも飲みに出かけてるのか」


「残業もないし、飲みに行く金もないから、それはないと思う」


「仕事仲間に奢ってもらってるんじゃない?兄さん寂しいのよ。良枝さんがいなくなって、ストレス発散する場所がないもの。彼女がいれば違うのにね」


「でも、オヤジ、母ちゃんのことちっとも心配してないよ。むしろいなくなって清々してるかも」


「”喧嘩するほど仲がいい”っていうけど、兄さん夫婦には当てはまらないのね。もう少し待ってみれば?」


「うん、ありがとう。おばちゃん」


天は電話を切った


時計を見たら、夜の11時になろうとしていた


「おっかしいなー。こんな時間になっても帰ってこないなんて、誰かに奢ってもらってるのかな。ベロンベロンに酔っ払ってたりして」


「お父さん、酒グセ悪いんだもん。息、お酒臭いし」


「待っててもアレだから、俺はもう寝る」


「あたしも眠くなっちゃった。学校あるし」


「寝ている間に帰ってくるかもね」


子供たちは、自分たちの部屋に行き、眠りについた







(つづく)