一方、朝日奈家では━

警察に捜索願を出して一ヶ月になろうとしている

近所や親類、職場の同僚など捜索に協力してもらっているが、良枝はいぜん行方不明のままだ

(ひょっとして誘拐されて殺されたりして…バカバカ、何思ってんだ、俺。あいつが連れ去られるとはとても思えん。いや、待てよ…)

「おーい、お前ら、オカンから何か連絡なかったか?」

「いや、ないよ。とはいっても、父ちゃんあれほど嫌ってるのにまだ心配してるだなんて」

「ほんと、よくわからないよ。パパの考えって」

子供たちは、父親の考えをさっぱり理解できないでいるようだ

「そうだったか…あんな役立たずのクズババア、とっとと忘れちまいたいよ。あー、なんて情けないんだ、俺って」


唯助は良枝のことをすっかり忘れてしまいたい気持ちでいるようだ


(ま、あいつが帰ってこなくてもウチは平和だし、酒もうめーわ)


しかし、彼の表情はどこからか寂しげなものがある


自分の女房がいなくなった寂しさ


喧嘩相手がいなくなった寂しさ


子供たちから疎まれる寂しさ


家庭ではなぜか孤立しているのだ


その寂しさを紛らわすために、彼は大好きなお酒を飲むことで日々の憂さ晴らしをしている


(やっぱ酒がないとダメだな…。死ぬまで縁が切れんよ)と、つぶやいてた


(ええい、忘れてしまえ。あいつはもう帰ってこないんだから、今さら心配しても時間のムダだ)


やはり、唯助にはもう女房は必要ない、子供も手がかからなくなり、自分一人でなんとかなる、という考えだった


そんな時、”ピンポ~ン”と、インターホンを鳴らす音がした


「こんにちは~兄さん。差し入れだよ。みんなで食べてね」


やってきたのは、唯助の妹、ほまれだった


彼女は、サラリーマンで部長の夫と子供二人の四人で生活している


「おっ、うまそうだな。お前が作ったのか?お前は料理上手だからな。よく手料理して食わせてくれたよな。おふくろより上手だったよ」


「でもお母さんには勝てないよ。まだまだ教わらないと」


「ありがとうな。あとでよばれるよ。これで一杯やると最高だな!」


「良枝さん、まだ帰ってこないの?何も言わずに出て行くなんて、どういう神経しているのかしら。また喧嘩したの?」


「ちょっとの喧嘩で出ていくものかよ。あいつの軽はずみだったりしてな」


「軽はずみって、男ができたんだ。新しい彼氏と今ごろラブラブなのかも…」


「いや、そんなわけねーだろ。あいつの容姿に惚れる男なんていねーよ」


「そうよね、ほほほ…あたしも他人のこと言えないけどね。とても男遊びするような人じゃないし」


「ま、お前もブサイクな部類だからな」


「失礼ね。こう見えても若い頃は派手に遊んでたわよ。それに、彼氏だってちゃんといてたし。でも、旦那じゃないけど」


「”若い頃”だったからだろ?年数経てば体型とかスゲー変化してるもの。悪い方に」


「もうっ、兄さんったら」


「お前が他人なら、俺は結婚してたかもな」


「冗談でしょ?兄さんはあたしには優しいんだから」


「さすが妹は頼りになるな。誰かと違って」


「”誰か”は余計だわ。兄さん、気を落とさないでね。じゃ、また来るね」


「ああ、いつでも来いよ」


ほまれが帰ったあと、


唯助は彼女からの差し入れのいなりずしをあっという間にペロリと平らげた


「うめーな。ヨメは手抜きばっかで、手料理なんて食わせてくれない。それに比べりゃ、ほまれは…」


(やばっ!全部食っちまった!でも腹減ってたから…)





(つづく)