ヒロシは借金の返済に頭をかかえていた
ユミコのパート収入だけでは、生活費を稼ぐのがやっとだ
宝くじで大金当たればいいなど、一攫千金を夢見ているが、とても実現しそうでない
(自力で返済はとてもできそうでない…ムツオ先輩に相談してみようか…)
彼はムツオが働いている焼鳥屋へ行ってみた
昼間なので、まだ準備中だった
「こんにちは。先輩」
「おっ、ヒロシじゃないか、久しぶりだな。元気ないね。ミホそうとうお冠だったぞ。こんな一等地で店やることが無謀だったよ。もう彼女、手を貸さないって。自業自得だよ。で、何の用でここに来たんだ?」
「実は…ここで仕事したくて…主人はいないのですか?」
「過労で入院中だよ。しかし何言ってんだ。売上良くないし、人雇ってる場合じゃない。まして経験のない者に来てもらっても足引っ張るだけだからな」
「先輩だって未経験だったじゃないですか。今じゃ立派にお店任せられるくらいになったのに」
ヒロシは、自分にでもできる、誰だって最初はそうだった、次第に経験積んでいくものだと思っている
「主人がいないから、俺が雇ってやる、なんて言えないからな」
(もう働く場所がないのか…もう俺は…)
ヒロシは身を投じることを考えるようになった
(すべてがダメになってしまった…生きていても仕方ない。死んで楽になりたい)
「お前が落ち込んでるのを見てると、俺も辛い。間違えても死ぬことは考えるな」
ムツオはかつての職場の部下だったヒロシを我が子のようにかわいがり、またヒロシもムツオを先輩として慕っていた
「もう自分は生きていても何の役に立たないクズです。だから死ぬしかないのです」
「お前がそういう奴だったとは…あの頃のお前はどこに行ったんだ。目を覚ましてくれ。前を向いて生きるんだ」
「先輩、ありがとう。その一言で立ち直れそうです」
「だけどな、ウチの店では使えないから、許してくれ」
「じゃぁ、一杯飲んで帰ります」
ヒロシは”一杯”どころか何杯も飲んで酔いつぶれていた
「おい、ヒロシ、飲みすぎじゃねーか。帰れなくなるぞ。ユミちゃんに迎えに来てもらうのか」
店から出ようと、カウンター席から立とうとしたら、足がふらついてその場で倒れた
「大変だ、救急車呼ぶか」
「う…ん…」ヒロシは意識朦朧としたまま動かなくなっていた
数分後、ユミコが心配のあまり、店にやってきた
ヒロシが、彼女のケータイに”先輩の店に行ってくる”とメールをいれていたのだ
「どうしてこんなになるまで飲んでいたの。まったく加減がわからないんだから」
彼女は呆れていた
「私が抱えて帰ることはできないわ。タクシー呼ぼうかな」
「ユミちゃん、ヒロシは俺ん家に泊まらせるから、帰っていいよ」
「ありがとうございます、ムツオさん。お世話になります」
ユミコは、(これまでの憂さ晴らしのために、やけ酒しちゃったのね)と思った
ヒロシはこのまま目を覚まさずあの世へ行けれたらな、と思っているのだろう
ムツオは店を閉めた後、彼を抱きかかえて自分の家に連れて帰った
ヒロシが目を覚ましたのは一夜明けてからだった
「ここはどこ?あれ、ウチん家じゃないや」
「やっと目が覚めたか。昨夜はどれだけ飲んでいたんだ?」
「わからない…俺、アルコールはあまり強くないから、たくさん飲んでないと思ってるがな…」
「つまみなしで飲むばかりしてたものな。でも、吐いてなかっただけマシか」
「ごめん、先輩。迷惑かけちゃって。もう家に帰るよ」
「ああ。早く就職先が見つかればいいな。頑張れよ」
「昨夜は泊めてくれてありがとう。借金返すために頑張って職探すよ」と、ヒロシはカミオ宅を後にした
(そういえばミホさん、家に居なかったのかな…それとも居ても気づかなかったのかな…)
(つづく)