「いらっしゃい。あれ?」
(見覚えあるな…)タカヨは彼女をじっと見ていた
「あ…貴女は…もしかして…」
「ツキヤマ、いや、ナツキユミコです」
「あら、久しぶり!あれから実家帰ってお母さんの面倒を?」
「それもなんですけど、私、お店開いたんです」
「冗談でしょ?」
「本当です。ちょっと抜け出してきちゃったの」
「で、何のお店?」
「レストランです」
(うそ…信じられない…)とタカヨはユミコの言葉に固まっていた
(あんな人にお店なんて務まるはずない…)
「しかも駅前の一等地にあります。でも狭いけどね」
「まさか、店長でなく、雇われてるんでしょ?それにしても好立地ですね」
「まだオープンしたばかりで、いろんなお店行って食べてみて勉強させてもらってるんです。それにしても、落ち着いた素晴らしい店内ですね」
「ええ。マスターの趣味もありますから。で、評判はどうなの?」
「今のところはあんまり…メニューも少ないし、ですからいろんなところで食べてレパートリー拡げないとね。自分ではなかなか思いつかなくて…」
「それで、よくお店開いたものね」
タカヨはユミコのお店に不安を感じていた
リョウと夫婦だった頃は、ダメ女房っぷりを露にしていただけに、”さすがに、これはないわ”と思っていた
「でも、心配しないでください。お店の方はスタッフに任せていますから」
「ならば、オーナーってこと?」
「オーナーは主人ですが」
「なぜ、お店開きたかったの?」
「リョウさんと別れてから母と二人で暮らすようになって、母の年金だけで生活するのもキツイから、自分も働かないとやっていけなくなって。その間に今の主人と出会ったのです。でも、働いてお金貰うだけでは夢がないでしょ。そう思ってるうちに”二人でお店開こうかな”って」
「お店開くのって、お金かかるじゃない?」
「お金なら心配いらないわ。このたびお店開いたのも、彼が資金用意してくれたの。私は文無しだったから」
「へぇー。再婚しちゃったの?」
「タカヨさん、私に男運がないと思ってるでしょ?」
タカヨが、まさかユミコがお店をするとは、いまだ信じがたく、彼女にいったいなぜその能力があるのか不思議に思ってるのだ
(ユミコさんのお店が気になる…)
ユミコは焼きカレーを注文した
焼きカレーは”炎のハンバーグ”と並ぶ名物メニューだ
(リョウさん、すっかり店の顔になってる…)
注文した料理がユミコの元へ
「美味しそうですね。何か月ぶりなんだろ…いただきます」
彼女が一口食べてみると、
「素晴らしいです!今まで食べてきた中で一番美味しかったです。是非ともウチのメニューに取り入れたいです!」
キッチンでは、リョウがニヤッと笑ってみせた
「さすが、行列のできるカフェですね。私もこういうお店を目指したいの」と、言い残してユミコは店を出た
こうしているうちに閉店時間が近づいてきた
やっと閉店―
「マスター、聞いて。ユミコさん、お店開いたそうよ」
「初耳だな。まさかあいつが店やるとは。じきに潰れるさ」リョウは蔑むかのように苦笑いをした
「そうよね。まったく何も知らない世界なのに、どうしてする気になったのかしら」
「でも、行ってみたいよな、あいつの店」
翌朝―
”ライラック”店内は数人の客が居た
しばらく経ってマユミが子供を姉に預けて店に来た
「おはようございます」
「ああ、おはよう。今日も宜しくな」と、リョウ
(あ、また昨日の人…)
マユミは一番奥の席に座り煙草をふかしている男に目がいった
「どうしたんだ、マユミちゃん」
「あ、何でもないです…」
(ここの常連になったのかな?)
この日、男は一人で”ライラック”に来ている
そしてマユミに注文した
「お嬢さん、モーニングのサラダなし頼むよ」
(”お嬢さん”だなんて、私はれっきとした人妻なのに…)と、彼女は苦笑いした
「はい、かしこまりました」
(あの人、ずっと私の方を見ている。気味悪いな…)
マユミは気にせず、無視するのが一番いいと思い、男に目を合わさないようにした
やがて、男はカウンターの空いた席に移動し、タカヨに話しかけた
「実は…」
(つづく)