「じゃあいつものヤツお願いね」
「?」
「あ、そうだったか。キミはまだ入ったばかりだから、何を注文したかわからないんだね。モーニングのスクランブルエッグ・サラダ付きだよ」
「モーニングのスクランブルエッグ・サラダ付き、ですね」
このおじさんは"ライラック"の常連で、毎朝出勤前ここで朝食をとっている
(この娘、ニコニコ愛嬌あるね。お店に花がパッと咲いたみたいで雰囲気が明るくなるね)
やがてランチタイム―
だんだん客が増え始め行列もできだした
(わぁ、忙しくなってきた。大丈夫かな、私)
マユミは不安になってきた
客が増えてくると、応対にてんてこまいになってしまい、落ち着きがなくなってしまう
それでも、笑顔を絶やさず、なんとか乗り越えようとした
(テンパっちゃうな…でも、暇すぎるより忙しいくらいがいいかも)
「いらっしゃいませ~」
「キミ、見たことがない人だね。まさか…」いかにも貫禄のある中年男が友人をひきつれてやってきた
「ここでアルバイトをしています、カミオといいます」
「カミオ…聞いたことある名前だな。う~ん…昔、職場の先輩にいたような…あ、思い出した!たしか、娘さんがいるらしいが、ひょっとして、キミのことかな?」
「主人は焼肉チェーン店の店長をしています。私のお父さんは脱サラで焼肉店を始めたのですが、うまくいかなくて、結局店を閉めちゃったんです」
「やっぱそうなんだ。”俺、サラリーマン辞めて店でもしようかな”って言いだして。長く職場に居たのに急に辞めてしまったから、何を始めるかと思ったら、やっぱりそうだったのか」
傍にいた友人は、「そうなんですか。娘さんだったのですね。私は初対面なもので」
「どうせうまくいかないのに、成功するのはほんの一握りだよ」
「そういえば、お父さん、借金抱えて相当頭を痛めてたみたいです。”この先、どうやって生活していくのか”なんか無謀だったですよね」
「おっと、注文だ。”炎のハンバーグ”二つ頼むよ」
(やだ、私ったら。私語いけなかったな…)
「はい、かしこまりました」マユミは注文を聞き、キッチンに行って伝えた
「”炎のハンバーグ”二つお願いします」
”炎のハンバーグ”とは、リョウが考えた”ライラック”の看板メニューである
その名の通り、熱々のステーキ皿に、ハンバーグが炎に包まれて客の元に運ばれてくる
「お待たせしました」
料理が運ばれてくると、彼らは美味しそうに食べ始めた
「うまい!!さすがここの自慢メニューと言わせるだけある」
(マスター、きっと喜んでいるかも)
一方、キッチンでは二人が手際よく料理を作っている
すると、「マユミちゃん、食べなよ」と、まかないを作ってくれた
「先に食べてもいいのですか?忙しいのに大丈夫なんですか?」
「あたしらのことは気にしなくていいよ」
「じゃ、先にいただきます。食べたらすぐに戻ります」
マユミはキッチン裏の部屋で昼食を済ませ、店に戻った
「早いな。ゆっくりすればいいのに」
「忙しいから早く来ちゃった。ごちそうさまでした。美味しかったです」
「それはよかった。マユミちゃんの好みに合うかわからなかったから…」
ランチタイムが終わり、客が少なくなったところで、やっとリョウたちが遅い昼食をとった
その間、マユミが客の応対に追われていたものの、ランチタイム時の忙しさと違い、あわてることはなかった
「今日はお疲れ様。忙しくててんてこ舞いだったでしょ」
「そうでもなかったです。忙しいくらいのほうが良かったですから」
「それは頼もしい!明日も宜しくね」
「はい。ありがとうございました。お先に失礼します」
マユミは、子供を預けている姉のところへ迎えに行った
彼女が帰った後、一人の中年女性が入ってきた
「こんにちは。お久しぶりです」
(つづく)