やがて、周吾が仕事から帰宅―


「おっ、帰ってたのか」


「おかえり~」


「思ってたより回復が早かったな。再発しないようにしないとな」


「うん。もみじ、天国に行っちゃったんだってね。お義姉さんが言うには、”ついさっきまでは元気だったのに、急に具合が悪くなった”って。22年も生きてきた中で、家族に看取られるのが、一番幸せだったかも」


「姉さんが居てくれたおかげだよな。感謝するよ」


「そうね。お義姉さんしか頼る人が居なかったから、まさに彼女様々ね」


「ちいちゃん、当分病院通いするんでしょ?」と百代


「再発や転移していないか、また新たにガンができていないか診てもらうんだけど。あ~あ、子供欲しかったのに、一生作れないとは」


「そうだよね。子供欲しくても、できない人だってたくさんいるのに、どうして世の中、こうも我が子を虐待したり殺したりするの?こんなニュース聞くたびに”私が代わりに育てたいわ”って思っちゃう」


「そうよ、そうよ。子供いじめたり、殺したりするくらいなら、産まなきゃいいのに。私のように子供が欲しくても作れない人に分けてほしいわ」


「でも、血のつながらない他所の子を育てるより、自分で産んで育てるのがいいでしょ?」


「そりゃ、そうだけど…」


千聡は、子供が作れなくなった自分の体を恨んだ


彼女のように子供が欲しいのに作れない体になってしまうことは、母になる前に、妻でいることに違和感を持つようになっていた


やがて”離婚”の文字がフッと頭を過ぎるようになった


「周ちゃん、あたしと離婚する気があるのだろうか。自分たちの子供を持つのが夢だったのに、夢で終わってしまうなんて、もうあたし、周ちゃんの嫁なんて務まらない…」


「ちいちゃん、落ち込まないで。気持ちはすごくわかるよ。子供居ない代わりに、ペットが居ることによって、癒され、元気づけられてるんだよ」


(ペットが居ることによって、本当に癒されているのだろうか…)


「ありがとう、お義姉さん。今はペットが生きがいかもしれない。でも…」


ガンで三分の二を取り除いた千聡の子宮は、決して”子供の産めない体”になったわけではない


残った三分の一に希望があるのだ


(そうだった…全部取っちゃったんじゃない。夢で終わらせたくない…三分の一に望みをつなげたい!絶望を希望に変えたい!)


彼女は夢で終わらせたくないために、わずかな望みに託した


(落ち込んでたら再発するかも。あきらめてはダメなんだ!ポジティブに考えなきゃ!)


この日は三人にとって最後の日となった


「姉さん、今までありがとう。ペットのことだけど、しばらくはヨメの妹が引き取って面倒見てくれるって言ってたよ。妹も動物好きだからな。親と同居してるけど、ヨメが熱心に説得してくれたからね」


「ちいちゃん、いつのまに?」


「お義姉さん世話大変だからね。実家帰っても飼えないしね」


「親が居なけりゃね。でもよかった。飼い主見つかって」


「これで安心したよ。ここを追い出されずに済んだよ」


「二人ともこれからも仲良くね。私はもう帰るから。長らく居候させてありがとうね」


「こちらこそありがとう。仕事見つかるといいね」


「周、ちいちゃん、ありがとう!」


こうして、周吾宅での居候生活を終え、百代は実家に帰った



(つづく)