周吾が会社に行った後、百代は犬たちの散歩を始めた


「ちょっと遅くなっちゃった。ほら、行くよ。嫌がってたらダメでしょ」


最初の頃と比べると、だんだんいうことを聞くようになっていた


自分のペースで行動することがなくなった


(慣れてくると、ラクなものね)


あれほど苦になっていた散歩が楽しくなってきたのは、百代の”飼い主”としての自信がついてきたようだ


帰宅し、エサをあげた


「お腹すいてたからよく食べるね~。好き嫌いもないからエライね~。ニャンコたちもごはんあげなきゃ」


猫たちはキャットフードをあたえた


やはり、お腹がすいていたのか、ガツガツ食べていた


だが、様子がおかしい…


その中の一匹、最長老のもみじがグッタリとして元気がない


(昨日までは元気だったのに、じっとして動かないし、食欲もなくなってきてるもの…もう年だから仕方ないのかも…)


もみじは22歳、人間でいえば100歳を越える


周吾が理由ありで飼えなくなった会社の上司から貰った猫である


彼はもみじを我が子のように大事に育ててきた


百代は動物病院に連れていこうか迷っていた


彼女はすかさず周吾にメールを送った


”仕事中ゴメン。もみじが今朝からグッタリしていて何も食べないの。病院に連れていきたいけど、この辺にないかしら?”


”下痢はしてないのか?してないのなら、ちょっと様子見て”


”していないよ。とりあえず様子は見るわ”


(本当は病院に連れていきたかったのに、このままほうっておくなんて可哀想…早く良くなる方法ないかな…)


彼女はもみじにつきっきりで看病をしてあげた


(早くよくな~れ、早く元気にな~れ)


目の輝きがなく、ぼんやりとうつろで、何も食べていないため、すっかり痩せ細っていた


水ばかり飲んでいるのか、おしっこの回数が多い


(せめて、何か食べてくれないと…)


これまでは、食欲は旺盛で何でも食べていたもみじだが、呼吸がしだいに苦しくなってきた


(このままでは死んでしまう…いや、死なないで…)


”もみじが今にも死にそうなんです!呼吸も苦しくなって、入院されたいけど…”


(もう時間の問題か…いっそ入院させた方が…)


”肺炎でも起こしてるんじゃないか?この辺に動物病院はないからな。近くてもタクシー飛ばして30分かかるし”


”じゃあどうすれば…何も食べてなくて、水ばかり飲んでるし…”


(このまま死なせたくない!!)


百代は病院に連れて行くのをあきらめ、このまま見送ってあげるのがもみじにとって良いのかと思った


次の日、とうとうもみじは水も飲めなくなるほど衰弱してしまい、あの世へ行くのを待つのみだった


「ごねんね、もみじ。あなたが死んだら私も死ぬわ。だけど、残された家族のことを考えると、そんなこと思っていられない。それまであなたの傍にいたい。最期まで看取りたいの」


百代のもみじへの想いが、自分のペットでもないのに強くなってきたような気がしてきた


そして、もみじは眠るように息を引き取った


「もみじ、お願い!!目を開けて!!もみじ…」


彼女は悲しみで涙があふれてきた


「ごめんね、もみじ…何もしてあげられなくて…」


22歳と3か月、大往生だった


百代は自分のペットでもないにも関わらず、何もしてあげられなかった不甲斐なさと悔しさで涙が止まらなかった


”もみじ、もうダメだったか…姉さん最期まで面倒見てくれてありがとう。ところで、お墓どうしようか”


周吾はもみじを看取った姉への感謝の気持ちを表した


”これから、早退して家に帰る”


”いいよ。別に帰ってこなくても。お墓なら実家の庭のあいたところがあるでしょ?親に訊いて何とかしてもらうから”


”じゃ、そうするよ”





(つづく)