一件落着かと思いきや、口論はまだ続きがあった


『でもな、職場の人たちも、お前を気にかけてるらしいぞ』

『だから、知りもしないくせに、どこでそんな話がはいってくるの?貴方が勝手に思い込んでるだけじゃない』

『ハツミさんの旦那さんから、”奥さん辞めてから業績がガタ落ちになってる。今こそ彼女の力を借りたい。女房もすごく気になってるみたいだ”って』

『ハツミさん、私のこといまだ心配してるだなんて』

(今さら工場に戻ろうとしても、たぶん無理かも…)

『ま、そういうことだね。よく考えてくれ』


ミキオはTVをつけた

すると、一人の女性が店員たちを叱りつけていた

(あ…あの人は…)

『お、おい…!映っているじゃないか』

『えっ?』

(私じゃないでしょ?)

『確かお前だよな?』

『違うわよ。ヤガミナナコじゃないよ』

『だけど、”接客のカリスマ”って出てるぞ』

『もう私は”接客のカリスマ”じゃなくなったの。それに、そういう人、他にもいるじゃない』

『どういうことだ』

『私に仕事のオファーが来なくなったの。あっても、キャンセル続きで、もうやっていけなくなったわ』


マサコは涙を浮かべながら、ミキオに打ち明けた


強気のマサコも、さすがに悔しさは隠せなかった

工場辞めて後悔しているより、

接客アドバイザーの仕事がプッツリ来なくなったことに、もう自分の人生が終わったように感じていた

『工場で働いてた時の方が楽しかっただろ?いくら”接客のカリスマ”っていわれても、いったん仕事が来なくなったら終わりなんだぜ?』

『私、これからどう生きていこうかな…今日は疲れたから休ませて』


(ヤガミナナコは封印するか…)


ーそして、一夜明け、

マサコはいつもより早起きして朝食の準備をしていた

『おはよう。昨夜はよく眠れたか?』

『あら、おはよう。私ね、工場に戻りたいと思うの』

『無理に決まってるじゃないか』

『やっぱ、普通のパートのおばさんになろうかと』

『もう、工場はつかってくれないぞ。わかってるよな?』

『だから、これから探しに行ってくるの』

子供たちも起床して、朝食を食べ始める

そして、学校に行った

『こらこら、行く前に忘れてるでしょ』

『あ、そうだった。歯磨きしなっくっちゃ』

(やれやれ…)


ミキオも朝食を食べ、服を着替えて出勤した

(さぁて、私も頑張るか!)


マサコはさっそく職探しに行こうとした

そんな時、家の電話が鳴った

『はい、サトミですが、どちら様でしょうか』

『先日お電話いたしましたが、ヤガミナナコさんですね?』

『いいえ、私はサトミマサコですが』

『ヤガミナナコさんじゃないのですか?』

『もうヤガミナナコとしての自分は終わったのです。だからこれからはサトミマサコとして生きていくんです』


『実は、オファーなんですが…』

『それならそうと言ってくださいよ。でないと、接客アドバイザーの仕事はすべて断りますから』

『それは大変失礼いたしました。駅から5分くらいのところにあるレストランからなんですが、是非ともご指導を受けたいとおっしゃっておりました』

『そうなですか!ありがとうございます!喜んでさせていただきます!』


マサコは、ヤガミナナコを封印していたが、

気持ちは確実に揺れ動いていた

(もう一度ヤガミナナコとして、ひと花咲かせたい…)


こうして、マサコは店員たちが待つ店に飛び立った


”接客のカリスマ・ヤガミナナコ”の封印が解かれた瞬間だった


(つづく)