"接客アドバイザー・ヤガミナナコ"として専念することとなったマサコであったが、彼女の携帯の着信音が鳴った
『こんにちは。ヤガミさんでいらっしゃいますか』
『はい、そうですが。どちら様でしょうか』
マサコが所属する事務所の担当からだった
『誠に申し訳ございませんが、ご指導いただきたい件につきましては、"キャンセルしたいとおっしゃっておりますので…"』
『えっ!?なぜですか?先方の都合が悪くなったのはどうしてですか?』
『それは私の方からは説明致しかねないので…』『今回取りやめなんですか?それとも?』
『ですから、検討させていただきますので、確定しだいご連絡いたします』
『そうですか。連絡よろしくお願いします』
マサコは肩を落としながらつぶやいた
(もう私は接客のカリスマとして終わったのだろうか…)
やがて子供たちが学校から帰ってきて、
『ただいま~』
『おかえり。帰ったら手を洗うのよ』
『ママ、どうしたの?何落ち込んでるの?』
『ううん、あんたたちには関係ないよ。ほら、あっち行って宿題でもしといて』
マサコは何もする気力をなくしていた
ただ、ただ時間が過ぎるのを待つだけだった
(やはり辞めなきゃよかった…ハツミさんたちといる時が楽しかったな…)
しばらくしてマサコの夫・ミキオが帰宅
ミキオは一般企業のサラリーマンで、このところの不景気で残業もなく、いつリストラを宣告されるか怯えている
『パパおかえり~』
子供たちは嬉しそう
『おーい、マサコは居ないのか?』
『あ…おかえり…』
『どうしたんだ?何かあったのか?』
『別になんでもないよ。これから夕飯作る』
マサコは夕食の用意をし始めた
ミキオは彼女の寂しげな背中を見つめ、何か思い当たることがないか察知していた
(辞めたことを後悔しているのでは…)
『マサコ、お前、工場辞めて後悔してないのか?』
(えっ…?なぜ?)
『お前が接客アドバイザーとしての能力は認めるが、それで満足しているのか?』
『……』
『ちょっと考え直した方がいいぞ。もう無理なのか』
『どうして辞めた職場のことを未練がましく言ってるの?』
『未練がましくじゃない。お前のこれからのことを考えて言っただけだ』『貴方に私のことあれこれ言われたくないわ。職場がどうだったとか、わかってないくせに、よく言うわね』
マサコは負けん気が強いので、ミキオと口論になっても勝つ自信がある
『だから俺は…お前のことを心配して…』
『私に今の仕事は向いていないって言いたいのでしょ?私が選んだ道なんだから貴方がつべこべ言っても無駄だと思うわ』
子供たちは夫婦が口論しているところを黙って見ていられなくなり
『パパもママもやめて!なんで喧嘩してるの?』
『喧嘩じゃないよ。ママを心配して言ってるんだ』
『ごめんね。お腹すいたでしょ?もうすぐできるから待っててね』
『おまたせ~』
『わあい!いただきま~す』
『食べたら後片付けして、宿題まだならさっさとすましてね』
『ごちそうさま~』
(つづく)