私は仕事が15時までなので

帰る時間がきた

時間は案外早く経つものだ


『お先失礼します』と言って帰らせてもらった


『お疲れ様でした』と言われた時は

”また 明日も頑張ろう』という気持ちが湧いてくる


そして、帰宅ー

『ただいま~あれ?誰もいないや』

手を洗い、部屋着に着替えて、TVをつけ、チャンネルを変えながら

すると、


『いらっしゃいませ!!』と店内に響く声

『もっと真心こめて!!ただ声を張り上げるだけじゃダメよ!!感情がこもってないよ!!それではお客さん来ても逃げられるわよ!!』


(あ…あの人は…)

店長らしき女性が大勢の店員をしつけていた


カリスマ接客アドバイザーのヤガミナナコ、

またの名を”接客のカリスマ”


(カリスマ、カリスマって、ただのヒステリーババアじゃん。ただわめいてるだけじゃない。

それで店員の教育になるのだろうか…)

私は店員への接客法に疑問を感じていた

(うーん、あのやり方ではいくら教えても、覚えが悪かったりやる気をなくしたりする人だっている。人それぞれなのに…)


あたかも私に言われてるような気がしてならない

ヤガミナナコって、誰かに似てるような…

外見や上から目線の口調…

どう見てもマサコそっくりじゃん!!

ま、まさか…あの人はマサコと同一人物だったりして…

若い店員からは神呼ばわりされてるし


ヤガミナナコ=サトミマサコ、かもしれない

ヤガミナナコは”接客のカリスマ”としての名前なんだ

マサコはもう一つの顔として、違う名前を使ってるんだ

ひょっとして、会社をよく休むのも、”接客のカリスマ”としての仕事があるからなんだ…と


翌日、私はいつもより早い時間に出勤

『おはようございます。昨日帰ってTVつけて見たい番組がないか、チャンネル変えてたら、マサコさんが出ていたんです』

『え~?嘘に決まってるじゃん』

『本当なんです。マサコさんが”接客のカリスマ””としてTVに出ていたんです』

『ヤガミナナコでしょ?サトミさんには似てるけど、全く別人じゃない?』

(え?ヤガミナナコ知ってるの?)

『でも、見た目や喋り方は同じに見えるんです』

『そっくりさんはいくらでもいるわよ。ちょっと、モモチさん、頭大丈夫?単なる妄想じゃないの?』


でも、私には、マサコはヤガミナナコじゃないかと、絶対間違いない!と思っている


約1時間後、マサコが出勤

『おはようございます!!』

『もう熱下がったの?』

『うん。だいぶ下がったよ。学校は休ませたけど』

『マサコさん、昨日TV映ってたけど、まさか貴女ではないですよね?』

『えっ?見てたのですか?』

『たまたまチャンネル変えてたら、偶然にも…やっぱりそうだったのですか』

周りは皆びっくり

それだけではなく、私が言ってたことは本当だったということに驚いていた

『ヤガミナナコ、ってマサコさんなんですか。”接客のカリスマ””だったなんて』

『ところでサトミさん、なぜ名前変えてまで他の仕事を掛け持ちしたかったのかね?』

(彼女に限らず、そういう人けっこういるのに。珍しいことじゃないじゃん…)


『みんな、ごめんなさいね。子供が熱出してるっていうの、嘘だったの。”是非アドバイスお願いします”ってお店から依頼があって断れなかったんです。本当にごめんなさい』

すると、工場長がやってきて

『それは、大変だったな。でもウチでは掛け持ちしてもらってまで仕事してもらいたくなかったからな。サトミさんには悪いが、今日で辞めてもらえないか?』

工場長からマサコへの突然の解雇通告だった


『工場長、申し訳ありませんでした』

マサコは泣く泣く土下座して工場長にお願いした

『どうかお願いします。どちらかの仕事を取るか考える時間を下さい』

『工場長、私たちからもお願いします。マサコさんがいないと、仕事がはかどれないし、ムードメーカーにもなってますから、辞められたら困るんです』

『工場長、俺らからもお願いします』


余程信頼されているのか

確かにマサコは仕事をテキパキされてて、先輩や上司の評判もいいし、辞められては困る人材だもの

(だから、あんな上から目線になるんだ…)


『ま、よく考えておくことだ。辞める辞めないは自分で決めることだ』

『ありがとうございます』


数日後、マサコは3年間勤めた食品工場を辞めた

これからは、”接客のカリスマ・ヤガミナナコ”として各地のお店を回っていくことだろう

(マサコさん…店員さんしつけている方がイキイキしてるよ…)


私は彼女の”これから”を見守っていこうと思った


(つづく)