「勝者はチレーナ・ミラーさん!」
ワァァァと王立闘技場に大歓声が上がった。
チレーナは喜びよりもホッとして胸を撫で下ろしていた。
「見事優勝を勝ち取ったチレーナ・ミラーよ」
「わが王国を代表する勇者にふさわしい技量、実に見事であった」
「よってここに勇者の称号と勇者が持つにふさわしい武器と秘伝の技を授ける」
「そなたが龍と対峙する白夜の日を楽しみにしたい」
「見に余るお言葉、重畳(ちょうじょう)に存じます」
「白夜の日の勇者としての責務、全身全霊を賭けて果たして参ります」
「そしてスピカ・ベルッチよ、そなたも劣らず果敢な戦いぶりであった」
「優勝こそ逃したとは言え、決して恥じることはないぞ」
「これほどの力を持つ戦士たちに恵まれて、余は誇りに思う」
「もったいないお言葉、恐れ入ります」
こうして229年エルネア杯決勝は
スピカ・ベルッチを破ったチレーナ・ミラーの優勝で終わった。
全てが終わり、辺りが賑やかになる。
人々が帰路につこうと移動を始めていた。
闘技場の真ん中でまだ立っているスピカとチレーナ。
スピカは隣にいるチレーナに向き直る。それに気づいたチレーナもスピカを見た。
スピカ
「優勝おめでとう!」
パッと花のような笑顔を咲かせてスピカはチレーナにお祝いの言葉を送った。
チレーナ
「あ…ありがとう!」
落ち着きなさそうにチレーナは頭をかいた。
スピカ
「バグウェルとの対戦頑張ってね」
チレーナ「うん」
2人は自然に闘技場の出口に向かった。
アトラスは試合終わりのスピカに声をかけた。
「応援してくれてありがとうね!」
スピカはアトラスの頭をくしゃくしゃと撫でた。
アトラス「?」
でも。
いつもと少し違う様子の………本当に僅かに違うようなそんな気がしたのだが、それを問う間もなくスピカは早足で王立闘技場から出ていってしまつた。
そんなスピカをチレーナは無言で見送っていた。
アトラスは目があったチレーナにお祝いの言葉をかけた。
「日頃の鍛錬のたまものかな。
勝てて良かったよ」
アトラス
(うん、本当にこの人凄かった)
チレーナだけは敵に回したくないとアトラスは強く思った。
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――
夕陽が沈み、辺りが暗くなっていく。
ほとんど何も見えない暗闇の中、果樹園の奥にスピカの姿があった。
負けたスピカを気遣って、兄のチェロが様子をみにやってきていた。
チェロ「スピカ?」
チェロが近づくとスピカの肩がビクッと震える。
スピカ
「どうしてくるの……こないでよ」
その声は泣いていることが分かるものだった。
チェロ
「ーーーえ。泣いてんの?もしかして悔しくて?」
デリカシーのないチェロは驚きのあまり疑問に感じたことをそのまま口にした。
スピカ
「悔しいにきまってるじゃん!チェロ君は馬鹿なの?!負けて悔しくない人がいる!?エルネア杯の決勝戦だったんだよ!!」
スピカが目にいっぱい涙をためて振り返りチェロを睨んだ。
チェロ
「俺はてっきり……チレーナに勝ちを譲ったのかと思ったよ……」
スピカ
「は?!そんな事しなくてもチレーナ君は十分強いの!私が力を抜く必要なんて全然ないの!」
八百長疑惑を兄からかけられ、スピカは怒りの表情を浮かべた。
チェロ「ごめん……」
謝罪するとスピカは袖でゴシゴシと涙を拭く。
チェロ
「陛下の言うように、スピカもよく頑張ったとおもうよ」
スピカ
「………チェロ君には私の気持ちは分からないよ」
チェロ
「俺は今回一回戦敗退してるよ……」
情けない己の結果にチェロは自嘲気味に笑う。
スピカ
「おばあちゃんもお母さんも姉さんもチェロ君も龍騎士になったんだよ。なれなかった私の気持ち分かる?きょうだいで私だけ、なれなかった私の気持ちが分かる?」
チェロ
「………スピカ」
妹が、そんな事を思っていたのかと驚きスピカを見つめる。
「そっか………スピカは本気で、勝ちにいってたんだ」
チレーナの勝利を願っているはずのスピカが本気ではないと心の中で思っていた。
スピカ
「当たり前じゃん……だからチレーナ君の試合だけは毎回観に行って、攻撃パターンを覚えて対策してたのに………」
チェロ
(それってチレーナが勝ち上がるって信じてたんだな……)
スピカ
「チェロ君は一回戦敗退だし、私は頑張ったね」
チェロ「切り替え早いね」
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――
「スピカは自分にはなにもない……と前から気にしていました。魔銃師会に入ったのもそういう気持ちがあったんだと思います」
真っ暗な果樹園で、チェロとスピカの会話の一部始終を聞いていたアモスはぽつりと話した。
「ここ最近は特に張り詰めていて、エリオンの調薬室に入り浸りで何をしているのかと思えば対戦相手になるだろう人たちの試合の録画を何回も見ていました。特にチレーナとチェロ様の試合は何度も何度も……だから、相当悔しいんだと思います」
決勝戦であたるのに最も可能性のある2人がチレーナとチェロだった。
昼間は探索、夕方から深夜までは対戦相手の分析。スピカは寝る間も惜しんで勝ちにこだわった。
アモスは目の前で、誰よりも眼の前で2人の試合をみていた。
2人がどれだけ真剣に決勝戦を戦ったのかよく分かったいた。
セシリア
「そうだっんだ……」
隣で聞いていたセシリアは、スピカの知らなかった一面に驚きつつ、アモスがスピカをよく見ていることを嬉しく思った。
セシリアの家系は、父方は王家という誰もが知るもので、母方は母が龍騎士で祖母も龍騎士だった。
セシリアも成人したばかりの頃は友人に
「周りが凄い」と言っていた。
セシリアの場合は付き合いはじめたレドリーの父親ティアゴも龍騎士だった。
そうなると、なにもない人というのは、本当はそのことを卑下する必要はないのに、気にしてしまうことがある。
ーースピカちゃんも同じ気持ちだったんだね
チレーナとのことばかり気を取られて、セシリアはスピカがそれを気にしていたなんてちっとも気づかなかった。
スピカ
「はぁ〜……今日はヤケ酒飲もう」
果樹園の奥からゆっくりとスピカとチェロが歩いてアモスたちのほうへ向かってきた。
チェロ
「酒場にいくの?ご馳走様するよ」
妹を元気づけようとしたチェロの気遣いにスピカは呆れたようにため息をついた。
スピカ
「チェロ君は馬鹿なの?今日酒場になんて行ったらチレーナ君の勝利を祝ってる山岳の人たちと鉢合わせするし、私が行ったらヤケ酒飲みにきたって馬鹿にされるじゃん」
先王女であるスピカを馬鹿にするような山岳兵はいないと思う…とチェロは思ったが口にはしなかった。
チェロ
「実際にヤケ酒でしょ?」
スピカ
「家で飲むの!魔銃導師が酒場でヤケ酒なんて、魔銃師会の名に泥を塗れないよ」
スピカが歩みを止める。それに倣ってチェロも立ち止まった。
アモスとセシリアが佇んでいるのが見えた。
スピカ
「姉さん……アモスも……」
どうしてここに?と顔を一瞬したが、理由などチェロと同じだと気づいた。
アモス
「帰ろう。一緒に残念会しよう。酒は沢山用意してある」
さっと手を差し出すとスピカはその手とアモスを交互に見たあとクスリと笑った。
スピカ
「いいね、残念会!」
アモスの手を取り、「じゃ、おやすみ」とチェロとセシリア向かって言った。
セシリア「おやすみ」
チェロ「飲みすぎないように……」
スピカはアモスに手を引かれて帰っていった。
2人の姿が見えなくなると、セシリアはため息をついた。
チェロ「ん?どうした?」
セシリア
「チェロ君ってさぁ……たまにすごくデリカシーがないと思う」
優しいセシリアから出た一言にチェロはきょとんとした。
チェロ
「は?俺のどこがデリカシーないって?」
セシリア
「泣いてんの?とか、勝ちを譲ったとか………そーゆーところ!」
チェロ
「えぇ……だって、そう思ったから……」
特にあのスピカが泣くとは思わなかったしさー
セシリア
「スピカちゃんの戦いを見ていたなら分かるでしょ?
スピカちゃんはチレーナ君を間合いに入れないようにしてた。間合いに入れたら終わりだって分かっていたから。それをしないようにするにはチレーナ君の動きを全て先読みする必要がある。
勝ちを譲る気があるなら絶対しない動きだよ」
騎士隊出身、龍騎士になったセシリアにはスピカがチレーナの動きを読んでいることに気づいた。
間合いに入らせない立ち回りはスピカが日々分析を重ねてチレーナの対策をしてきたことを物語っている。
チェロ
「チレーナは途中で全て読まれているって気づいたかも?だから今までの試合ではしなかった動きをした」
セシリア
「そう。チレーナ君がもってる圧倒的戦闘センスと常人離れした身体能力がそれを可能にした……本当に2人とも素晴らしい戦いだった」
チェロ「うん……」
頷きながらもチェロは納得してなさそうな表情を浮かべている。
セシリア
「ーー言いたいことはなんとなく分かるよ」
チェロ
「無傷で負けるなんて、余計にスピカは悔しいと思う。チレーナの立場になれば、スピカに怪我をさせたくない」
セシリア
「スピカちゃんはそれが気に入らない。あの子はもう王女様ではなく、武人だから」
でも負けは負け。
背後をとられてしまったスピカの負け。
どんな負け方をしても、文句を言える立場ではない。
セシリア
「私たちもそろそろ帰ろうか」
チェロ「そうだね。」
2人は並んで歩き出した。