私のままで私を生きる~カサンドラからの回復~ -14ページ目

私のままで私を生きる~カサンドラからの回復~

カサンドラ症候群になった22年の結婚生活を卒業して、自分自身の人生を取り戻した私の人生ストーリー

カサンドラ抜けのカシーです。

先日、図書館で予約していたこちらの本。
『カサンドラ症候群 身近な人がアスペルガーだったら/岡田尊司』

ようやく順番が回ってきて一気読み。

カサンドラ症候群になる、というのは、夫婦だけでなく、親兄弟姉妹、職場やご近所とか、いろんなところで起きる可能性のあるものですが。

こちらの本では夫婦間での話が主になっていますけれど。

カサンドラ症候群になるのは、アスペルガーだけが原因ではないこと。

回避型愛着スタイルや自己愛性パーソナリティ障害、脅迫性パーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害など、後天的(育った環境や経験などの影響)なパーソナリティーの人との間でも起こると書いてありました。

とっても納得。

大人の発達障害、というのが知られるようになったけど、脳は、例えば虐待やトラウマなどによって萎縮することは知られているし。

病気などの関係で脳の機能障害がおこったり、欠損したりした人に後遺症が残った場合にも起こりうるもの。

実際に、先日お話を聞いた『されど愛しきお妻様』の著者である鈴木大介さんは、高次脳機能障害で、回復されてきたとはいえ、一時期は発達障害といわれる状態に近かったと話していたし。

カサンドラ症候群は、関係性の中でおきるものなので、それぞれ単体で見れば、圧倒的に悪い、絶対的に悪い、という人はいない、とも言えるのが、カサンドラ症候群の、なんともいえないところ。

自覚や発見が遅れるのも、その辺にも原因があるかなと。

アスペルガーや他のパーソナリティー障害などの人だけが悪いわけではない、というと、渦中で苦しい、しんどい人にはショックや怒りがわくかもしれないけれど。。

カサンドラ症候群になる側にも、特徴があるのですよね。

ただただ、知らない、理解できない、というところからのスレ違い。

それがカサンドラ症候群の原因であるということ。

カサンドラ症候群になる人は、不安が強い人が多いよう。
そして、自己肯定感や自尊感情が低い、というのもあるかなと。

さらに、アスペルガー症候群やパーソナリティ障害などを抱えている人のすべての人がカサンドラ症候群の原因となるわけではない、ということもある。

アスペルガー症候群やパーソナリティ障害があったとしても、共感や思いやりの心、態度を示すことができれば、パートナーがカサンドラ症候群になることはないですよね。

そしてさらに、アルコールや薬物も、共感性や感情制御に影響が出ることから、カサンドラ症候群の原因につながりやすいかも。


アスペルガー症候群やパーソナリティ障害の人たちによる、共感性や思いやり、気遣いのなさからと、そういう人たちが家庭の外では社会性を持っていることから、周囲からの理解のなさで、自分を責めて諦めて、心と体が病んでいく、というのがカサンドラ症候群。

困ったときや、体調の悪いとき、頼りたい時ほど助けてくれないというパートナーの特性を知らないので、パートナーに対して、信頼が無くなっていく。。

ただ、この本にも書いてあるように、カサンドラ症候群になる人たちも、はじめからカサンドラではなかったのですよね。
私もそうですが。

よいときがあったから結婚にいたっているわけで。。

それを見抜けなかった自分が悪いのではなく、相手に対する幻想、妄想、が、本来の相手を見る目を曇らせていたのかな、なんてことをカサンドラ症候群であることに気づいて回復してくる中で考えるようになりました。

カサンドラ症候群になる人にも、もともとの素養があったのではないかなと。

自己肯定感や自尊感情の低さと、我慢強い、忍耐強い、責任感が強い、独りで抱え込む、などの性質があると、相手の言動に対して、まず「自分が悪いのかも」と思ってしまいがち。

そうなると、家の中のことを外で話すこともできないし。

ようやく話したとしても、「男なんてみんなそんなもの」「どこの家もそんなもの」などと言われてしまえぱ、どんどん自分を追い詰める。

そういう意味で考えると、カサンドラ症候群というのは、「べき」「ねば」に凝り固まっていた頭を柔らかくするための特効薬、になるかもしれない。

実際に私も、病むほどまで悩んで苦しんだ体験があったから、いろいろ調べて学んで、相手に振り回されず、自分が心地よい生活を手に入れるために動き出せたのは、とても大きな収穫。

たぶん、そこまで追い詰められなければ、変われなかったのでしょう。

人はみんな、幸せになるために生まれてきて、幸せになるために結婚して家族になっていけばいいのにね。

そうなっていないということは、何かがずれていたり、間違っているのかも。

ま、人の関係性も、その後のそれぞれの経験や成長で変わっていくものなのでね。

必ずしも、この関係性を続けていかなければいけないわけじゃない。

とはいえ、今の日本の社会では、離婚した場合、特に子どもがいると、母子家庭にはとても生き辛い面があるので、なんとも悩ましいところ。

関係修復の可能性があるなら、それに取り組むのもいいし。

とはいえ、関係修復は一人ではできないので、相手の動向を見ながら、最終的には自分の幸せな道を選んでいくしかないのかなと思います。

我が家はどうなっていくのかわかりませんが(^_^;)

子どもの犠牲にはならないけれど、将来、子どものせいにもしたくないので、その辺も含めて考えていきたいところ。

焦ってちゃぶ台返しして荊の道を進まないようにはしたいなぁ。

ということで、自分の状況など整理するのによい本だなと思いました。