COCOです
叱らない方がいいとか、私もよく書いていますがコントロールしない方がいいとか、そんな情報が入ってきます
一方、真逆の事も言われていたりします
しつけは親として厳しくした方がいいとか
結局、宇宙の法則でも言われるように
何事においても、
正しい、間違ってる
良い、悪い
はないんです
では、どうしたら良いのか?
それは、自分はどうしたいのか? を基準にする
私は過去、よいのか?悪いのか?の基準で判断していたので、あるセミナー講師が「〇〇が正しい」と言えばその通りにし、別のセミナー講師が「〇〇はやらない方がいい!△△が正しい」と言えばその通りにし、最終混乱してブレブレで、思考があっち行ったりこっち行ったり、何を信じたら良いのか、どう接するのが良いのかわけがわからなくなりました
子供達もその度に振り回されてました
この前はこう言っていたのに、次はこう言ってる
何が正しいか、何が間違ってるか、そんな基準で動いているとこんなことになってしまいます
さて、
どんな子育てがしたいですか?
どのような関係を子供と持ちたいですか?
子供にどの様な大人になってもらいたいですか?
どんな親になりたいですか?
まず、未来像をはっきりさせる
そうすると、その為にはどういう振る舞いがふさわしいのかが整理されてくる
それにあった情報が目に入ってくる
不登校1つとっても、専門家の意見はバラバラです
学校へ戻ることを優先させる人、心身を休ませることを優先させる人、それぞれ信じているものが違います
では、そのあらゆる情報を得て、
色々試してみたらいい
あっち行ったりこっち行ったりしてみたらいい
そうして、
最終、自分にはどの方法があっているのか?
どのような子育てをしたいのか?
どのような親になりたいのか?
どのように子供と接したいのか?
正しい、間違ってるの基準ではなくて、
未来像を持つことで、行動も自然と定まってくる
コントロールはだめ!という意識でいると、
コントロールはだめ!にばかりとらわれていて
未来像が見えなくなってしまいます
思考は現実化する観点からも、
コントロールはダメ!
叱っちゃダメ!と思えば思うほど
コントロールに意識が働きコントロールしてしまう
叱っちゃダメに意識が働き叱ることが増える
そして、自己嫌悪する羽目になってしまう
そんな時は、自己嫌悪せずに
コントロールしたくなって当然の理由
叱って当然の理由がある事を理解して
そんな自分を受け入れる
そもそも、
コントロールしないことが子育ての目標ではないですよね、叱らない事が子育ての目標でもないですよね
もし未来像が、子供の自立心や責任感を育てたいなら、もし未来像が、子供がリーダーとして社会に大きく役に立てるように育てたいなら
どの様に接するのがいいだろうか?
その中で
叱ることもあるだろうし
コントロールする事もあるだろうし
大事なのは、その動機ではないでしょうか
単に自分の言うとおりにさせたいからコントロールなのか(自己満足)、より良い未来像には必要だと思ったからなのか。
ゴールや目標をはっきりさせるのは大事ですね