COCOです
年始は何かと家族、親戚と集まる機会があります
私はこの集まりで何かとざわざわするんです
今ではそんな時、
ひたすら自分と向き合う時間にします
何にざわざわするのか?
何故ざわざわするのか?
今回も徹底的に自分と会話していました
年始の恒例行事は旅行
私の両親と、弟家族と、私達家族で行きます
私にとってこの集まりは
自分の醜い性格がたくさん出てくるんです
拗ねる自分が出てくるんです
見たくない!
拗ねる自分
いじける自分
なぜ感じるのか、
単刀直入に言うと
裕福さの違いに
劣等感が出てきてしまいます
うちの両親は二人きりの生活なので
ゆとりもあり
好きなものを買って
美味しいものや旅行を楽しむ生活
弟は夫婦で事業をしていて
上手くいっているので
2人の子供はインターナショナルに通わせ
家族全員、着るもの持つものはブランド物
両親と弟家族の会話は
会員制の会員権購入の話や
投資の話、
そして
海外暮らしの話や
大きな事業の話
ブランドの話
母→弟の子供「かわいい服ね~」
母→弟の子供「英語は上達したか?」
弟→不登校の娘 「今何年生?」
現在、
酷い劣等感を克服中の私、
この一年自分の劣等感、自己否定と
かなり向き合ってきました
でも
今年もまだまだ劣等感を持った私が出てきました
これ、他人なら何も感じないんです
弟家族だから感じる劣等感
なぜなら、
親から愛されたいから
弟よりも認められたい
いい大人なのに…^_^;
彼らを見ていて、
会話を聞いていて、
私がどう感じるのか?
「どうせ」の堂々巡り
・ どうせ私はそんな資金がない
・ 分かりやすいブランドなんて値札をつけて歩いてるみたい
・ どうせ私には事業の才能なんてない
・ どうせ、うちの子供達には十分に与えられない
・ 両親も弟夫婦も仲がいい、どうせ私は離婚してる
・ うちの娘は不登校
だけれども!
去年との違いは、
しっかりその自分と向き合えることです
何を問題と思っているのか
・ お金のない私や私の子供達は
→ 惨め
・ 目を引くようなブランドを着ていない子供達は → 惨め
・ うちの家族は
→ 場違い
・ 仲間はずれの様で
→ 惨め
・ 場違いの私達は認めてもらい内容で悲しい
→ 自己否定
💓マイナス感情が出た時は
その自分を認める!💓
・ 惨めだと思ってるんだ
・ 仲間はずれと思って悲しいんだ
💓そして、
そうなんだ・・・と感じる!💓
マイナスの感情が湧き出てくるときは
「感じてほしい」からです
そんな自分を嫌わず
すっぽり丸ごと包み込む
💓それから、
自分の感じ方、
自分の価値観、
を見直し、
現実を歪んで見ていないかチェック💓
・ 本当に仲間外れにされているの?
→ されていない
・ ブランド物を身に付けていないと惨めなの?
→ そんなのは勝手に私が感じているだけ
・ ブランドを身に付けていない私達は嫌がられているの?
→ 嫌われるわけがない
・ お金がないと惨めだと思っている?
→ お金は幸福を左右しない
・ お金ないの?
→ 毎日十分に暮らせるお金はある
ちゃんと「ある」を感じる事は大切です
・ 不登校をどう感じているの?
→ 娘を信頼しているからこそ認めているんだと再確認
隣の芝生は青く見えるし
無いものねだりをしてしまうものだから
時々、現実をちゃんとみて
・ お金ある
・ 時間ある
・ ゆとりある
って確認しましょう💓
宇宙の法則の基本
いつでも
目の前の出来事も人も
問題の原因ではない!
問題は私の捉え方
私の潜在意識
私の価値観
特に
「劣等感」や「自己否定」があると
フィルターを通して
現実を見てしまいます
ズバリ
「自分なんて」
と、感じたいんですね
※もちろん大抵の人は無意識だけど
そういう時は
まだまだ私の心の奥(潜在意識)に
蒸発しきっていない
「劣等感」「自己否定」が残っているんだな
と認める
そしてその感情が外へ出たいんだと知る✨
マイナスの感情は
怖がらず
嫌がらず
感じたいだけ
感じる
すると、
蒸発していく
劣等感は誰かと比べているから存在する
本当は、
誰とも比べなくて良い!
比べる必要はない!
比べて得られるものはない!
比べて得られるのは
一時的な満足のみ
その満足は本物ではない
本当の幸福は
誰と比べなくても安心していられる心の状態
醜い自分OK
どんな自分もOK
ありのままの自分でOK
日々意識することで
現実を歪んで見なくなります✨
今年は、
両親と弟家族を目の前に
ひたすら、自分の内面と繋がる事を意識して、
未消化な「劣等感」「自己否定」をみつけ、
自己肯定感UPに集中