今日は、ふと思い出したおじいちゃんの言葉をシェアしたいと思います。
政治家だった父方のおじいちゃん。
ウィットに富んで、話がすごく上手な人だった。
小学校1年生くらいの時、おじいちゃんの講演に連れて行かれたことがあった。
お話しを聞くのなんて小さなわたしにはつまらなく思えて、気乗りしなかった覚えがあるけれど、
小さなわたしでもおじいちゃんの話は全て理解できて、面白かった記憶がある。
おじいちゃんの話はいつも、興味深くて、わかりやすくて、心を掴まれた。
「カリスマ」という言葉が似合う人だ。
10代の時、反抗期がひどくて、大荒れしていたわたしの心を動かしてくれたのも、おじいちゃんだった。
わたしの手を、両手で包み込むように握って、
涙しながら、「頑張れよ、な」と声をかけてくれた。
言葉ではない、言葉を越えた何かが伝わってきた。
あの時のことを、今でもハッキリ覚えている。
父ですら、見たことがなかったおじいちゃんの涙。
おじいちゃんは私にとって特別だったし、きっとおじいちゃんにとってもそうだったのだと信じている。
そんなおじいちゃんの言葉で最近よく思い出すのは、
「山頂を見るな」という言葉だ。
その話をしてくれた当時、20代前半のわたしには、意味がよくわからなかった。
当時の私にとっては、「夢」が原動力で、理想を追い求めることが楽しかった。
山頂を見ることこそが、モチベーションだったのだ。
山頂(ゴール)へ辿り着きたいから前に進めるのに、
山頂を見るなって一体どういうことなのだ・・・?
不思議そうな表情を浮かべる私を前に、おじいちゃんは続けた。
今、自分が踏みしめられる一歩を、
足元だけを見て進む時があってもいい。
山頂を眺めた時、あまりにも遙か遙か遠くに感じて、
気が遠くなってしまう時は、
今踏み出せる次の一歩だけに意識を向けるんだ。
時には、あえて山頂を見ないことが大事な時もある。
足元に目を向けると、可愛い花が咲いているかもしれないよ。
山頂を見ていた時には見えなかった景色があるもんだからな。
そして、たまには振り返って、自分が歩んできた道のりを褒めてやる。
案外、進んでいることに気づくだろう。
今の一歩、そしてまた一歩。
足元だけを眺めながら、進む時があってもいい。
そうしているうちに、気づいたら山頂に到達しているもんだ。
と、笑顔で話してくれた。
当時はよくわからなかったけど、
今の私には、この言葉の真意が沁みるようにわかる。
山頂を目指して進んでいくことが楽しい時は、
山の頂きへ向かって突き進めばいい。
けれど、
山頂があまりに遠く、
自分には辿り着けそうにないと途方に暮れそうな時、
高すぎる山頂が今の自分からは見えない時、
天候が悪く視界が霞み、先を見渡せない時、
生きていればいろんな局面があるし、
気が遠くなるような高い山もある。
そんな時、今の自分にできることだけに集中して、
あえて今踏み出せる「一歩」に集中して、
自分のペースで前に進むことの大切さ。
そして、山頂に辿り着くまでの道のりで、
今見えるもの、今聞こえるもの、
今感じるものに意識を向けて、
プロセスを楽しむことの大切さ。
山頂までの道のりだけでなく、時に振り返って自分の歩みを愛でること、
それがまた前に進むエネルギーになること。
きっとそんなことを伝えたかったんじゃないかなぁと思う。
今の私は、そう思う。
答え合わせは、天国に行くまでできないけれど、
私なりにおじいちゃんの言葉をかみしめながら、
今目の前の一歩一歩を大切に、歩んでいきたいと思う。
それでは♪
Have a good one!
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