言葉からの印象 | 心の貯金箱

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本来の自分であり続けるには? を模索中の日々を綴ります

下記の忘年会でのこと


どんな会話の流れかは、忘れちゃったけど

ひとりが、
「休みの日にひとりで家にいる時は、家でじっとしている
でも、奥さんが帰って来ると、何か用事を頼まれて、じっとしていたいのに、動かないといけなくなるから、出かける」
という感じのことを言ったら

それに対して
「何かしたいことないの?」
とか
「じっとしてるの身体に悪いのと違う?」
みたいな反応があった

彼のしたいことは「じっとしている」ことみたいだし、まだまだ現役世代の彼が、休みの日くらいじっとしている時間を持ったところで、そんなに身体に悪いような気がしないんだけど〜

この「じっとしている」「凝と」の言葉の持つイメージに、何かマイナスイメージを感じさせるものがあるのかしら?

と、その時気になったの



きっと「瞑想」という言い方をしていれば、イメージが違ったんだろうけど、「凝とする」が、言葉的に彼にはきっとしっくりくる何かがあり、

又、それを見たり聞いたりした人の中には、彼を動かしたくなるイメージがあるのかも


私は、この「じっとする」という言葉で、愛犬ちぇろが老犬になり亡くなるまで、じっとする時間も付き合ってくれて、一緒に楽しんだのをその時思い出したのよね

毛並みが柔らかくて、触り心地抜群で、あったかくて、くっついてても安心感のある体格で、甘えたで…