JJブラザーズ@マイアミビーチ -14ページ目

JJブラザーズ@マイアミビーチ

12/14/2012 0:15am
ジェイ君虹の橋へ。
11/30/2016 5:21pm
腎臓がんで旦那さんジェイの元へ。
難病指定の視神経脊髄炎、横断性脊髄炎など持ってますがトリマーやってます。旦那さんから託されたジュニアと共にサウスフロリダで面白楽しく何とかenjoyしてます。


おこんばんわ〜


ここんとこ病気の経緯ブログばっかだったので
お久しぶり〜なジュニアっち




『ボール🎾大好き💗生きるためには必要不可欠ぅ』


癒やされる


さて続けちゃおう


オンコロジー受診でまさかの再入院
@緊急治療室 ICU

私の病名も出ちゃって

夫婦揃って入院中


旦那が再入院しちゃったので
妹たちは一旦それぞれの家に帰ります。

え?

帰っちゃうの???

帰って、お義父さんとお義母さんを再び
連れてくるんだって

え?

義両親、来たばかりじゃない

もしや旦那っちはそんなに悪い状態なのか?


『悪くないから安心してリハビリ頑張るのよ』



ホントか???


自分に注入できる量のステロイド点滴は終った

あとは人生お初リハビリ頑張る🤜

そんな数日目、旦那のおばさんが私のお見舞いに
来てくれた。
そもそも旦那のお見舞いにいって帰る途中に
わたしの病院があるので寄ってくれたのだ。

妹たちにしろおばさんにしろ義両親にしろ
片道5時間かけて来てくれる
ありがたいありがたい

因みに私の母は片道18時間
そう考えると飛行機✈って早いね👏


彼女は医療関係者

そう、いつかのブログで書いたけど
首の後ろが火傷するくらいに熱くて
泣き叫んで訴えた相手はこのおばさん。


旦那はどうだったか聞き出してみると
なんかヤバそうな感触
そうは言わなかったけど顔と言葉の雰囲気で
伝わっちゃうのさ


旦那とおばさん
オンコロジーにて
(この時の写真じゃありません)





歩行機で歩くのやっとなわたし



👩『ドクターーーー』
『お願いがあるの 退院させて』
『旦那がそろそろ危ないかも』
『もし死に目に合えなかったら一生後悔するし
先生の事一生恨み続ける事になるかも』


Dr.Z 『旦那さんと同じ大学病院に転院するか?』
『僕は去年までそこで働いてたから』
『神経科のメンツは全て把握してる』


👩『退院したい』
『自力でリハビリする』


Dr.Z かなーり迷ってるご様子

『僕は数日前に旦那さんと合ったよね』
『君の気持ちは良くわかる』
『ここで約束して欲しい』
『必ず神経科に戻ること』
『本来は退院手続き取れる状態じゃない、分かるか?』


👩大声で『分かります! 誓います!』


ただのイケメンドクターじゃない

もう

大好き💗

ジュニアっちのボールと同じ
旦那は私にとって必要不可欠なのだ!


リハビリは自分との戦いだ
戦いに勝って旦那のとこに行かなきゃ
行かなきゃ

🏃🏃🏃🏃🏃


そう言えば


旦那はICUにいるのに
家で楽しそうにしてる母と義妹

旦那の癌が分かってからほぼ毎日泣いてた私とは
比べもんにならないな




妹たちが一旦帰る日に撮ったんだって





私が我が家にもどれる前日に
義両親と妹一人がやって来た。


この日々で
みんなのライフが狂ったのは確か!


またね〜









我がパームビーチ郡から

アベノマスク版のマスクが4枚とどいた


その前に
フロリダ、コロナマップのご紹介
(見たくない?)

フロリダって何処か分かる人✋



↑ 州ごとのマップ
フロリダは右下の緑のとこだよん


これが各群の名前 ↓




マイアミ、ブロワード、パームビーチを
サウスフロリダと呼びます
私の住まいはパームビーチとブロワードの堺
マイアミビーチまでは1時間弱かな



そしてこれがフロリダのコロナマップ↓


郵便番号で区切られて
感染者数や死者数などがわかるんだけど

300人以上の郵便番号の場所が赤くなってるの


拡大してみると




もう真っ赤すぎて
郵便番号に区切られているのがわからなーい

ちなみに
白黄色っぽいとこは湿地帯なので
ワニしか住んでませんwww


boca ratonという市が私の街
ちょうどbocaの文字のboくらいのとこがお家


我が郵便番号
只今の感染者は1039人
郵便番号に住んでる人口は41722人以上
40人に一人が感染者〜

わたし奇跡よね!!!



さて

パームビーチ郡から届いたマスク


じゃじゃじゃじゃーん






なんかちょっとデカイ?


でも上手がいたわ

笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き




友だちが受け取ったマスク


大爆笑


赤と青と黒があって
ランダムに送られてくるらしい
サイズもランダムらしい

黒が良かったな〜







おこんばんわ〜

転院して4日目


この日は旦那さん、オンコロジー(癌専門医)
本来ならいつも私と一緒にいくのだが
なぜか私も入院中、、、。
と言うことで
マッケンジー家、緊急事態でまた駆けつけてくれた
妹たちが連れてってくれます。

少し早く着きすぎたらしく
日用雑貨品のスーパー アメリカ在住なら
だれでも知ってるターゲットに
立ち寄ったらしい
アメリカのスーパーには無料の電動車いすがある。
それに乗って
子供に戻ったかのように兄妹3人で
少しだけ店内グルグルしたとか。

たかがターゲット
でも凄く楽しかったらしいのが伝わってきた

幾つになって兄妹集まると楽しいもんなんだね


なのに


その後のオンコロジーで
まさかの再入院

手術したのに閉腹し癌が取り除けず
オンコロジーで最後の望み
抗がん剤の錠剤 スーテントが処方され
その副作用で入退院を繰り返していた。


昨日、私のお見舞いに来てくれたのは
ほんと奇跡な出来事だったよね
辛かっただろうに、、、。


『こんな所で寝てる場合じゃない!』


この日から私と旦那のやり取りは
かけ離れた距離の病院と病院
旦那は大学病院
わたしは、、ここはどこ???
(救急車で転院したからいまいち何処だか)


8ヶ月前にマイアミから
カントリーライフを楽しむために
引っ越してきたセントラルフロリダ
(マイアミはフロリダの南)
(セントラルはフロリダの真ん中)
自分が入院してるのは家から39キロの
未だ来たことのない市
旦那が入院してるのはフロリダ州のトップクラスの
大学病院 因みに家から92キロ


病気になったら田舎は辛い
←時すでに遅し
でも病気する予定で引っ越したわけじゃないのさ


そして

神様はいるのだろうか?


MRIがやっと届いて
病名出た!

聞いたこともないワードばかり


『ドクター もう一回言って』
『もう一回!』
『グーグルするからスペル教えて』
『で、CとかTとかってなに?』
『ここにその数字書いて』




横断性脊髄炎

どうやら脊髄には番号がついてて
Cervical Spine 頚椎(首)のCの5番から
Thoracic Spine 胸椎(首から下で腰まで)のTの10までがやられてるらしい

手書きで書いた腰椎穿刺は
これからやると言われて何をやるのか分からず
聞き出したもの(笑)






『ドクター、治るんでしょう?』

ドクターZ『治る人もいる、でも後遺症は残る。
そして治らない人もいる。まずはリハビリ
いい事は再発の確率は低いよ』

『なにそれーーーー』
『歩けなきゃ困るんだけど、、、』
『旦那の病院に行かなきゃだもん』




↑こんな感じに私のMRIは緑の所がほぼ無かった


そのあと日本語で検索しまくりまくり
怖くなって青ざめた😨


そして思い出したのが
日本の大事な友達のわんこ
ある日突然歩けなくなりおんなじ様な病名だった
でもそのワンコは歩けるようになった。
なら、私も大丈夫じゃないかと
リハビリを頑張ろうと決意した!!!


診断 急性横断性脊髄炎
(治療法はリハビリのみ)

あれ?
視神経脊髄炎は?
全身性エリテマトーデスは?


この1年後に言い渡されるのであった。



またね〜(@^^)/~~~

















転院先での入院2日目

前ブログで書いたとおり
母と病院で寝る


その日の朝、私のうちに
旦那と妹たちと合ったことを聞かされる


👩‍🦱 『もう感動だったの』
『S(旦那)が玄関の外で待っててくれて』
『私をみて手を大きく降ってくれたの』


その光景がすごく目に浮かぶ
会いたい
会いたい
何としてでも早く家に帰らなきゃ

そう思って寝たのをよく覚えてる。



転院先での入院3日目


そういえば私には病院食があるけれど
母は一体何を食べてたんだろう?
そこの記憶はほとんど無い


忘れもしないこの3日目


午後になんと旦那が妹たちと一緒に
やってきた!!!
家からこの病院まで片道40分はあったんじゃないか。
大丈夫だから来なくていいって
いったんだけどね。

腎臓がんステージ4
この日の1ヶ月半まえ
摘出手術するも摘出出来ずに閉腹

その大きな傷跡をかかえ
必死に闘ってる旦那が車いすに乗って
来てくれた。


💗愛だよね💗

(タブンね)


20分くらいは元気だったものの
だんだん深度そうだったので
私のベッドに一緒に横になる


このベッドは柔らかすぎて寝にくいだの
枕が低いだの
色々文句言ってました(笑)



Dr.Zもみさえさんも
旦那に合った



病名はまだ出ないのか?って先生に言ってたね
なんで難しい神経の病気になるんだ!?
なんても言ってたな


1時間くらいかな

旦那に母に妹たち

病室が一気に明るくなったよね


そして一気にみんな私の家に帰っていった



明日にはMRIが届いて
病名がわかるのだろうか???


旦那っち
頑張って来てくれてありがとう

明日は旦那のガンの先生のとこだね
妹たちが連れてってあげるから大丈夫だよ


そう願って、、、





血圧高っ















やっと続きがかける

この間日本の大事な友からラインで☎があって
よく覚えてるねと言われた


ところどころ記憶は飛んでるとこもあるけれど
80パーははっきり覚えてる
記憶力には自信がない私でさえも

旦那の腎臓がん発覚から他界まで
そして自分の病気のことも


ただ、旦那が他界してからは
気力が一気に失せたのかほとんど覚えてない



さて

転院先での入院2日目


午後だったかな


熱はないのに汗びっしょり
どこからこんなに汗が出るんだろうと
タオルが絞れちゃうほどの大量な汗💦
そしてゲーゲー


それでも一人で帰るぞーっと戦ってると
見覚えのあるお方が。

お母さん。


日本からはるばるやってきた母である。


入院したこと言ってないのに。
偶然は偶然である。
マイアミから引っ越してきたこの場所の
ご近所さんになんと日本人の年配の方がいた。

彼女は母よりも年配の独り身

私が引っ越してきたことに大歓迎してくれた。


足が痺れ始めた私をエマージェンシーにまで
連れて行ってくれたのも彼女。


そして入院してしまった私の親に連絡をとったのも
彼女。


飛行場まで迎えに行ってくれたのも彼女。


その日から数日間、母は彼女の家に泊まった。
なぜなら
うちには当時、人を襲う危険があるかもという
ジェーマンシェパードがいたからだ。






犬に全く慣れていない母にはNG
旦那には問題犬に慣れている妹二人がいるから
大丈夫だった。


病院でお母さんとの再会


神経科のイケメン担当医
Dr.Zeus

びっくりするほどイケメンなのさ

発音はズース、日本語読みはゼウス
一体何回先生の名前を教えただろうか
母に聞かれるたびに
Dr.Zでいいよと言ったの覚えてる
頭文字をとってDr.G とか Dr. Cとか呼ぶ事が多い
(旦那がいつもそうだった
ただ"Z"はゼットじゃ無く"ズィー"という発音
母には出来なかった🤣


転院前の病院でMRIをやったので
ここではやる必要が無いこと
そのデーターが届くのを待ってるんだが
なかなか送ってくれないと言われた

Dr.Z『搬送した救急隊員が持ってこなかった』
『何回も電話してるのに未だ送ってこない』

👩『時間の無駄だからわたし取りに行こうか?』

Dr.Z『ハハハハハ』
『じゃあお願い!』

なんてアメリカンな会話したの思い出すな〜


母親が何を楽しそうに喋ってるのか
ポカーンとしてたわ


結局この日も次の日もMRIは届かなかった



そして
もう一つの偶然の偶然


なんとこの病院の神経科病棟に
日本人の看護婦さんいたの!

みさえさん

昨日わたしが搬送された時
彼女は休みだったのに
日本人がきたって携帯にメッセージがあったらしい

オレンジジュースで暴れる日本人って
🤣🤣🤣


そしてもう一人
母親が日本人というハーフの
モデル並みにキレイな看護婦さんもいた
その日本人のお母さんも看護婦さんだけど
科が違うから会えなかった
ハーフちゃんにもお世話になったわ
名前なんだったかなー、、、


医療英語は難しい
しかも訳わからん神経の病気だと特に
みさえさんハーフちゃんが居てくれなかったら
もしかすると今でもチンプンカンプンだったかもな



そういえば
みさえさんが落ち込んでる私を誘ってくれた
2016年の日本人集まりのクリスマスパーティー

旦那が他界して1ヶ月弱
自分の病気が発覚して1ヶ月半




私はもうこの地にはいないけど
初めましてとは思えない程皆さん
優しく楽しい方ばかりだった。

お誘いがあったときは行く気分は無かったんだけどね
行ってよかった。

この場をかりて
『みさえさん、皆さんあの時は優しくしてくれて
どうもありがとうございました!!』


近所に偶然いた日本人
病院の入院病棟担当の2人の日本人ナース
巡り合わせってすごいな
感謝感謝🙏


かなり脱線してしまったけれど

この日私の母は
病室に泊まりました。

付き添い用のベッドまである個室だったので


さて
わたしのMRIがいつ届くのか

それじゃなきゃ病名が出なーーーーーい!!


つづく