やっと続きがかける
この間日本の大事な友からラインで☎があって
よく覚えてるねと言われた
ところどころ記憶は飛んでるとこもあるけれど
80パーははっきり覚えてる
記憶力には自信がない私でさえも
旦那の腎臓がん発覚から他界まで
そして自分の病気のことも
ただ、旦那が他界してからは
気力が一気に失せたのかほとんど覚えてない
さて
転院先での入院2日目
午後だったかな
熱はないのに汗びっしょり
どこからこんなに汗が出るんだろうと
タオルが絞れちゃうほどの大量な汗💦
そしてゲーゲー
それでも一人で帰るぞーっと戦ってると
見覚えのあるお方が。
お母さん。
日本からはるばるやってきた母である。
入院したこと言ってないのに。
偶然は偶然である。
マイアミから引っ越してきたこの場所の
ご近所さんになんと日本人の年配の方がいた。
彼女は母よりも年配の独り身
私が引っ越してきたことに大歓迎してくれた。
足が痺れ始めた私をエマージェンシーにまで
連れて行ってくれたのも彼女。
そして入院してしまった私の親に連絡をとったのも
彼女。
飛行場まで迎えに行ってくれたのも彼女。
その日から数日間、母は彼女の家に泊まった。
なぜなら
うちには当時、人を襲う危険があるかもという
ジェーマンシェパードがいたからだ。
↓
犬に全く慣れていない母にはNG
旦那には問題犬に慣れている妹二人がいるから
大丈夫だった。
病院でお母さんとの再会
神経科のイケメン担当医
Dr.Zeus
びっくりするほどイケメンなのさ
発音はズース、日本語読みはゼウス
一体何回先生の名前を教えただろうか
母に聞かれるたびに
Dr.Zでいいよと言ったの覚えてる
頭文字をとってDr.G とか Dr. Cとか呼ぶ事が多い
(旦那がいつもそうだった)
ただ"Z"はゼットじゃ無く"ズィー"という発音
母には出来なかった🤣
転院前の病院でMRIをやったので
ここではやる必要が無いこと
そのデーターが届くのを待ってるんだが
なかなか送ってくれないと言われた
Dr.Z『搬送した救急隊員が持ってこなかった』
『何回も電話してるのに未だ送ってこない』
👩『時間の無駄だからわたし取りに行こうか?』
Dr.Z『ハハハハハ』
『じゃあお願い!』
なんてアメリカンな会話したの思い出すな〜
母親が何を楽しそうに喋ってるのか
ポカーンとしてたわ
結局この日も次の日もMRIは届かなかった
そして
もう一つの偶然の偶然
なんとこの病院の神経科病棟に
日本人の看護婦さんいたの!
みさえさん
昨日わたしが搬送された時
彼女は休みだったのに
日本人がきたって携帯にメッセージがあったらしい
オレンジジュースで暴れる日本人って
🤣🤣🤣
そしてもう一人
母親が日本人というハーフの
モデル並みにキレイな看護婦さんもいた
その日本人のお母さんも看護婦さんだけど
科が違うから会えなかった
ハーフちゃんにもお世話になったわ
名前なんだったかなー、、、
医療英語は難しい
しかも訳わからん神経の病気だと特に
みさえさんハーフちゃんが居てくれなかったら
もしかすると今でもチンプンカンプンだったかもな
そういえば
みさえさんが落ち込んでる私を誘ってくれた
2016年の日本人集まりのクリスマスパーティー
旦那が他界して1ヶ月弱
自分の病気が発覚して1ヶ月半
私はもうこの地にはいないけど
初めましてとは思えない程皆さん
優しく楽しい方ばかりだった。
お誘いがあったときは行く気分は無かったんだけどね
行ってよかった。
この場をかりて
『みさえさん、皆さんあの時は優しくしてくれて
どうもありがとうございました!!』
近所に偶然いた日本人
病院の入院病棟担当の2人の日本人ナース
巡り合わせってすごいな
感謝感謝🙏
かなり脱線してしまったけれど
この日私の母は
病室に泊まりました。
付き添い用のベッドまである個室だったので
さて
わたしのMRIがいつ届くのか
それじゃなきゃ病名が出なーーーーーい!!
つづく

