合格したら関西へ。
不合格なら関東へ。
どちらにでも行けるよう準備して、
インター近くでランチをしました。
お昼12時に食事をしながらスマホで合格発表を見ました。
指先が冷えて震えてましたね。
私がタップするわけじゃないのにねw
ランチがどんな味がしているのかもわかりませんでした。
…。
私たちは西への夢が敗れ、
東へ向かうことになりました。
富士山はとても綺麗に見えていましたが、
娘は道中、思い出したようにしくしくと泣いていました。
こんなに苦しんだ末に
まったく反対の方向へ向かっている訳ですから
本人がすぐに納得出来るわけもないことは、
運転している夫も
その横で前を向いているしかない私も
わかっていたつもりです。
不安定な娘を東に送り出すことに
戸惑いと不安があり
西よりずっと遠い…延々と続く静岡県が恨めしくもなりましたw
密接に関わりあっている今を簡単に捨てられるかと
東に着いて、ひょこひょこと歩く娘の後ろ姿を見ながら、何度か静かにポロポロと涙が流れました。
見つからないように何度かゴシゴシしました。
あの時の切ない気持ちは
今も私を泣かしてきやがりますw
何度も叶えてやりたいと
夫と泣きながら支え合いながら祈ったものだけど
神様はそこは違うと言いました。
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娘は今、こっちに帰ってくるのも惜しいほど向こうで元気にやっています。
連日のサークル活動、友達とのイベント、バイト。
Instagramのストーリーには、男の子女の子たくさんの友達と楽しげな様子が映し出され、
私たちはそれをネタにお酒を飲んでいます。
昔の私は
どんなときも娘にとって必要な母でありたいと思っていました。
お!お母さんやるねー!って常時思われていたかったんです。
でもね、離れてからつくづく思うのは
娘が必要な時に現れればいいんだ。
もう私はそういう存在なんだと。
それは格下げではなく、
私たちはそこまで娘を育て上げたんだなと。
自己満足だけど
無理やりそう思うことにして。
これ以上、必要以上に母親をしなくてもよくなったんだなぁとある意味卒母を意識することになりました。
すぐに手を出し、声をかけを今もやっちゃうんだけどねぇ(^_^;)
でも前よりずっと、私は自分を生きたいと思えるようになりました。
カラオケにも行きたいし
夫ばかり飲みに行くのはずるい!と素直に言えるようにも。
負けないくらい楽しく生きたいし
負けないくらい、幸せでありたい。
そのためには元気でいたいし、
運命の人である夫と添い遂げたいw
こんな心境にさせてくれたのも
娘のおかげ。
摂食障害のおかげ。
まだ完全にお礼は言えないけど
今日はそんな気分。
米津玄師のlemonって曲いいですよね!
聞く度に涙出るわー。
今でもあなたはわたしの光。
卒母しても、あなたはわたしの光だよ。
この世に産み落としたたったひとつの命だもん。