どうも!こっけです。

今日は哲学です。「愛とは何か」を一緒に再考してみませんか?

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Twitterなんかを見てみると、多くの「愛の論者」がいますね。

本日ご紹介する内容も、そんな愛の論者の一人である学者の提言かも知れません。

 

 

 

 

 

しかし、私はこのエーリッヒ・フロムの名著、「愛するということ(現代: The Art of Loving)」を読んで、自分がいかに愛とは何かを知らなかったか。恋とは何かを知らなかったか。を気づかされました。

 

 

 

 

今回の参考書籍は哲学書(といっても、著者は哲学者ではなく心理学者なので、心理学書?)なので、やや一般の読者には読みづらいかもしれません。そこで、私が噛み砕いて説明することで、今一度、読者の皆さんと「愛とは何なのか」を考えてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

さて、この命題を考える前に、一つだけ、とても大切な質問をさせてください。

 

 

 

「あなたは、愛(または恋)について、どの様な努力をしていますか?」

 

この先をさっさと読む前に、少し時間を置いて考えてみて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうですか?

 

 

 

 

答えは出ましたか?

 

 

勿論、一つじゃなくても構いません。

 

 

 

 

よろしいでしょうか。

 

 

 

 

先の質問に対し、多くの人が

「夫・彼氏・妻・彼女から好きでいてもらうために、魅力的な自分でいようと努力している」と考えたのではないでしょうか?

 

 

 

 

女性であれば、美しくいる為にお化粧やオシャレ、ダイエットなんかしたり。

男性であれば、かっこよくいられるために筋トレや運動なんかしたり。

 

 

片思いであれば尚更、相手からどうやって好きになってもらおうかと努力しますね。

 

 

 

 

私もこの質問に対し、同様の答えを想定したかもしれません。

 

 

 

 

 

しかし、待ってください。

 

あなたのその努力...

「好きになられるため」の努力であって、自分が相手を「好きでいるため」の努力ではありませんよね。

 

 

あなたは、どれほど「相手を好きでいられるように努力していますか?」

 

 

これこそが、エーリッヒ・フロムの言う、愛の真髄です。

 

 

 

 

 

 

恋愛とは、実に「能動と受動が歪な形に曲がってしまい、純粋な"愛"から離れてしまっている」のではないでしょうか?

 

 

 

 

例えば、私達が「歩く」。これは能動文ですよね。歩いているのは自分であり、行為者は自分です。歩くために努力しているのも自分です。

 

 

しかし、私達が「愛する」「恋をする」。これは能動文であるはずなのに、受動的に考えていませんか?

愛とは二人の関係性によって維持されるもの。恋は自然と落ちるものであり、冷めたり、飽きたりするのは相手だったり、環境のせい。

 

 

 

 

そう。恋や愛について、私達は「自分の意思とは関係ない、自然現象である」と認識し、行為者は自分ではなくなるのです。

 

 

 

 

 

そして、誰かに「愛される・恋をされる」。これは受動文であるはずなのに、私達はこれを意図的に発生されるために、非常に能動的・積極的に努力します。

 

 

 

つまり、私達は「愛される・恋をされる」為に非常に努力家である一方、「愛する・恋をする」為には努力しないのです。

 

 

 

だから、自分の恋心が冷めてしまうのは、相手の不誠実な行動のせいだ。環境や状況のせいだ。と認識しがちです。

だからこそ、「倦怠期」なんて言葉があるのでしょうね。

 

 

 

 

愛・恋が冷めるのは、あなたの判断によるものであるはずなのに...。

 

 

 

さらに言えば、浮気をする人、他に好きな人が出来たからと今いるパートナーに別れを告げる人。

こういった人も「愛・恋を維持する」という努力を知らないのでしょう。

 

 

 

 

 

パートナーが酷い男だろうと。不細工な女だろうと。

それでも愛し続ける。恋し続ける。

この努力を私達は意外と出来ていません。

 

 

 

ふとした時に気持ちが冷め、他の素敵な誰かに目移りしてしまう。

愛するということを知らない人はこれを繰り返す。

 

 

 

 

これを繰り返し続けていると、いずれ自分も齢を取る。その時には自分の魅力も無くなり、誰も相手にしてくれない。

なんてことにもなりかねませんね。

 

 

 

 

 

 

 

どうやったら、自分は今目の前にいるパートナーを愛し続けることが出来るのか。

これを能動的に考える。

 

 

これこそが、愛の第一歩ではないでしょうか?

 

 

 

 

いかがだったでしょうか。

愛とは何かを考える一つの材料にはなったのではないでしょうか。

 

 

 

しかし、「でも自分がパートナーを浮気せずに、この人だけを愛し続けるにはどうしたらいいの?能動的に努力したいけど、その努力の方法が分からない」

という方もいるのではないでしょうか。

 

 

 

では、どんな状況でも「パートナーを愛し続けるには」どの様な方法があるのでしょうか。

さらに言えば、科学的実証性のある愛するメソッドがあったりするのでしょうか。

 

 

 

 

大丈夫。

「あります」

 

 

 

 

 

また後の機会で記事にさせて頂こうと思います。気になる方は、フォロー・リブログ・いいねでしっかりチェックしておいて下さい。

 

 

 

 

 

それではまたお会いしましょう。

 

参考文献

・Erich Fromm. (訳)鈴木晶. (1991). 愛するということ〔新訳版〕.  紀伊国屋書店.

・Erich Fromm. (訳)佐野哲郎. (1986). 人生と愛. 紀伊国屋書店.