Coca-Column -2ページ目

東北チャリ旅 (仙台⇒気仙沼) 2005年5月5日

7時半に薄暗いベッドルームから起き出発の準備をする。建物の外に出ると、眩しい光が全身を包み込んだ。無事夜を越え太陽が再び空にあることに安堵する。太陽の光はとても暖かく、そしてどこか新鮮なものだった。昨日サウナを見つけられず、ずっと走っていたらいったいどうなっていたのだろうか…そんなことを考えるととても恐くなった。今日の目標は気仙沼まで走ることだ。昼間に走れるだけで全然気持ちの乗りが違う。昨日はそもそも夜まで走らなければならない行程で少し無理しすぎた。今日は少しは楽だろう。しかし実際道路標識で130キロと書かれた距離を見つけるとげんなりした。また今日も頑張らなければならない。


まるまつでネギトロ丼セットを食べ、国道45号を北上する。観光地である松島に近づくにつれ道路は大渋滞になっていた。そんな中自転車で側道を悠々と走れるのは気分が良かった。国道から脇道に入り双観山展望台へと続く道を進む。アスファルト道が砂利道へと変わり走りにくい。パンクでもすると面倒なので、自転車から降りて押しながら歩くことにした。展望台の下に自転車を止め、階段を登る。双観山展望台に到着した。


展望台からは日本三景のひとつである松島湾が見えた。松尾芭蕉が「松島や ああ松島や 松島や」という感嘆の言葉を残したと言われているのだが、自分にとってはその景観には全くと言っていいほど感動を覚えなかった。正直観光地は遠くまで来たということを実感する指標みたいなものだ。昔松島に来たことがあったので、当時を思い出しここまで自転車で来れた事実を噛み締めた。


松島駅近くまで来ると路上は車、歩道は人だかりで、とても走りにくい。観光地と繁華街は自転車で走るのは本当に嫌いだ。汗臭い格好は明らかに周りと比べて浮いているのが分かる。


12時になるとお腹も減ったし、何だか果物を食べたい気分なのでファミリーマートに寄ることにした。ミカンゼリーと飲み物を買い駐車場で休む。チャリ旅中は汗のかき具合が半端ないので、飲み物と糖分はこれでもないというくらい欲しくなる。それに精神的に参っている時は気分転換にすぐに休憩したくなる。1時間以上走って休憩することを目標にしているけど、それ以下の時はやはり気力が落ちているように感じる。


国道45号から県道197号へと乗り換える。この道は北上川沿いの小高い堤防の上を走る道でとても気持ちがいい景観だった。河口に近いためか川の流れはゆるやかで、その岸辺には葦が群生していた。ぽかぽかと暖かくこのまま昼寝をしたくなってしまう。道路脇に自転車を止め、しばらくの間休憩することにした。北上川沿いの道は国道398号へと変わる。それでも相変わらず見とれてしまう景観だ。今まで走ってきた中で一番綺麗な道だと思う。北上川最高!


14時53分とある食堂に到着した。実は地図に「海草ラーメンがうまい」と載っていて、ここで食べることを目標に昼飯を今まで我慢していたのだ。しかし店の様子が何だかおかしい。営業中という看板は出ているものの、電気は消えガランとしている。いかにも閉店している様子だった。「じゃあしょうがない次行くか」と簡単に割り切れるほど単純な話ではない。この先街から遠ざかり当分の間食べる場所などなさそうだ。実際ここに来るまでもコンビニはおろか小さな商店さえもなかった。ペットボトルに入れた1リットルの飲み物を全て飲み干した時、久しぶりに見つけた自動販売機がオアシスに見えたくらいだった。


「こんにちは!」


大きな声で叫ぶも返事はない。隣にある家の中で洗濯ものを畳んでいるばあさんはいるのだが、俺に全く気付いていないようだった。渋々と自転車に跨り次を目指した。飯を食べていないため、ついにはシャリバテを起こし始めた。 体内のブドウ糖が切れ、頭や体に栄養が回らないため、体力だけではなく気力もなくなってしまった。


「そういえばこの辺ってリアス式海岸ていうのか…」


ふと小学校の社会の授業で習ったことを思い出す。 リアス式海岸とは山が海に沈んでできた、出入りの激しい海岸のことをいう。 どおりでアップダウンが激しいはずだ。海岸沿いだから比較的ゆるやかだろうと、仙台からは内陸を通る4号をやめ海岸沿いへと進んだのだが、そのことがそもそもの失敗だった。この先大間岬まで海岸沿いを走って行くことができるのだろうか… 先のことを考えなければならなかったが、それよりも今は目的地である気仙沼まで行かなければ今日の旅を終えることができない。今はただ目前のゴールを目指して走らなければならなかった。


15時50分海岸沿いの道を駆け下り戸倉海岸パーキングに到着した。 園内のベンチに自転車を止め、ぐったりと休む。 疲れはピークに達していた。でもこの入り口にモアイ像があるように、そのモダンなデザインは少しは人が住む場所に近づいて来ていることを象徴していた。事実道路の道も少し良くなり車道の脇のスペースが広くなってきた。 車に気兼ねしないで走れる。16時20分ようやく昼飯を食べられそうな喫茶店を見つけた。どんなものでも構わない。 何かお腹に入れたい。カルボナーラとアイスコーヒーを頼み、セルフの水を何杯も頂いた。ご飯を食べると胃が動きだし、食べたはずなのにすぐにお腹が減る。 ようやく生きた心地がする。


あとは今日の宿目指して走るだけだ。相変わらず続く急勾配の曲がりくねった蛇のような道を黙々と走る。次第に辺りは暗くなり始め、大谷海岸の道の駅に到着した頃にはもう真っ暗だった。進行方向と反対側の車線の歩道に乗り上げのんびり走っていると、時折左折しようとする車が俺がいるにも関わらずスピードが出た状態で突っ込んでくる。そのことが2回ほどあり、ちょっと頭に来ていた。確かに国道沿いにも関わらず、街頭がほとんどなく真っ暗なため、人がいることに気付きにくいのかもしれない。でも俺はヘッドライトを自転車に結び付けているし、疲れのためかそれほどスピードも出していない。普通に気付くと思うのだが…


国道から県道に入ると健康ランドまでわずかな距離になった。もう気分的には着いたようなものだ。コンビニで雑誌と飲み物を買い、パンパンになっているザックに無理やり押し込めファスナーを閉める。顔には安堵感から笑顔が込み上げていた。お風呂に入って、その後ゴロゴロと雑誌を読むことを想像するだけで嬉しくなってしまう。


脇道に入り住宅街を通る。街頭が全くなくなり、あたりは暗闇に包まれた。月明かりさえ望めない暗闇はとても気味が悪い。車の明かりが前方から照らされた瞬間、あまりの眩しさに目が眩む。悪い予兆は事前に2回もあったのだ。その知らせに耳を傾けずいたことが、この旅で一番重大なアクシデントを生むことになったのだろう。十字路を通り抜ける時、予期せぬ事故に遭ってしまう。俺と相棒は吹き飛ばされ心身ともに傷ついた状態で、旅の終わりを迎えたのだった。健康ランドに着くといつもどおり風呂に入り、食堂で海老ピラフを食べた。もはやコンビニで買った雑誌を読む気などおきなかった。もうこれで今回の旅は終わりだろう。いやチャリ旅自体終わりになるかもしれない。


誰かと話がしたいと思い、チョークバッグに入れた携帯電話を取り出す。しかし地面に打ち付けられた時に壊れたようで、画面には何も映らなかった。心が落ち着かず何もできないのだが、何もしないと余計に落ち着かない。
眠くはないのだが仮眠室へと向かい横になることにした。


「せっかくのゴールデンウィークが残り無駄になっちゃうな…」


興奮しているためすぐに眠れるわけもなく、真っ暗な中頭の中が次々に働き始める。


「面白かったのに目的地に着くことなく、いきなり終わりか…」


つい数時間前まで走っていたことを考えると旅の終わりが突然来てしまったことに頭が理解できずにいた。旅の終わりがこのような形で迎えてしまったことに、情けなさと悔しさが胸の奥から込み上げ涙が流れた。


「いったい今まで何やって来たのだろう…」


東京からここまでの道程を思い出す。それは今では幻のように儚い出来事であった。しばらくそんなことを考えていると、いつの間にか眠りについていた。

東北チャリ旅 (いわき⇒仙台) 2005年5月4日

今回のスタート地点はいわき駅だ。特急を使っても良かったのだが、鈍行で朝食のおにぎりを食べながらゆっくりといわき駅までやってきた。さすがに神奈川から福島まで鈍行でくるとかなりの時間が掛かる。電車のシートに座りっぱなしでお尻が痛い。しかし今回はさらに北へと走りできれば青森まで行きたい。


改札を出ると階段下の広場に輪行袋を運び、中から分解されたクロスバイクを取り出す。実はこのクロスバイク、つい昨日通信販売で届いたばかりの超新品の自転車なのだ。本当なら早いうちから購入して準備をしておきたかったが、目前にならないと行動する気が起きず延ばし延ばし来てしまい、その結果大切なゴールデンウィークの初日を潰してしまった。

昨日は出発するどころか準備に追われ、夜中まで分解や調整を続けることになった。やはりクロスバイクは折りたたみ自転車のように簡単なものではなく、電車で持ち運ぶためにはタイヤを外して輪行袋に収納したり、タイヤが日本で一般的なイギリス式ではなく、フランス式なので空気を入れるためにジョイントを使用したりと、初めてなことが多かった。そのため、夜中まで準備に手間取り、結局ほとんど睡眠時間を取ることができずに今回のスタート地点に立ったのだった。


人の視線を気にしながらクロスバイクを組み立て、輪行袋をリュックの間に忍ばせる。9時45分いわき駅を出発する。今日の目標は仙台まで行くことだ。結構距離があることは分かっていたのだが、出発してすぐに見つけた道路標識に仙台まで140キロと書かれていた。出発早々疑問が沸いてしまった。本当に今日は仙台まで行けるのだろうか?折りたたみ自転車の時は100キロはおろか50キロ走るだけでも結構きつかった。

Coca-Column 11時になると1回目の休憩を取ることにした。道の駅「ならは」に入り自転車を止める。アップダウンがあった割には約1時間で20キロ走ることができた。いつもの折りたたみチャリと比べ断然速い!ここに来る途中、折りたたみチャリに荷物を積み旅をしている人が前を走っていた。まるで前回までの俺を見るかのようであったが、やはりそのスピードはかなり遅いものだった。軽く会釈をして今までの自分にさようならを告げ、全力で見えなくなるまで走った。クロスバイクに変えてよかったことはスピードの面だけではない。車体が3キロくらい軽くなったため

足に負担が掛からずすごく楽になった。ザックを背負っているので腰に負担は来るのだが、足は元気そのものだった。


Coca-Column 国道6号を北上し、南相馬市に辿りついた。食堂の前の幟に書かれたほっき飯という言葉が目につく。すでに時計は14時を回っていた。お腹も減ったしどこかでほっき飯を食べてみたい。ほっき飯とは東北地方の郷土料理で、ほっき貝の煮汁を炊き込みご飯にして、その上に殻を外した身を乗せた丼系の食べ物である。俺が寄った店は値段は結構高かったがほっき貝がこれでもかというほど乗せてあって、腹を膨らますのに十分だった。


店でルートを確認した後、出発しようと自転車の前に行く。すると店の旦那が外に出てきた。


「これからどこ行くの?」


今日は仙台まで行って、最終的には青森まで行きたいと答える。


「そうか。これでも飲みな。」


そう言うと僕にリポビタンDを手渡してくれた。ただ昼飯を食べただけの通りすがりの僕に対して、親切な気持ちをくれたことがとても嬉しかった。旅は旅先で出会った人達の親切に支えられながらあるのだなと常々感じる。さてまた頑張りますか。


Coca-Column 国道6号と一端さようならをして県道74号に乗り換えた。わざわざ乗り換えたのには訳がある。県道74号は海の上を走っている道路なのである。正確にいうとここは大洲海岸と呼ばれる砂浜であり、左手には松川浦、右手には太平洋と、海に囲まれた道路なのだ。風により砂が道路上に溜まっている箇所が所々あり、とても走りづらい。それに期待が大きかっただけに、アスファルトの道路が通された景観が"海に囲まれた”という印象を薄くしていた。少しがっかりさせられたのだが、松川浦は海苔の養殖が盛んらしく、たくさんの竹竿が海面から垂直に立ち並んでいたのは綺麗だった。


国道6号に再び戻り走り出す。もう17時を回り太陽も沈み掛けていたのだが、まだ仙台まで53キロもあった。すでに疲れがたまっているため本当に仙台まで行けるのかかなり不安になる。ただ徐々に涼しくなっているので、走るには丁度いい気温になってきた。行けるところまでのんびりと行こう。ヘッドライトを取り出し、自転車に結びつける。電池が切れそうなのか、細々とした光を前方に灯しながら仙台を目指す。


20時に岩沼の空いた松屋でチキングリルを食べた後、21時半苦労の末ついに仙台に到着した。勾灯台公園駅まで行き、今日の寝床として予定していたカプセルホテルを探す。しかしどこにも見つからない。コンビニに自転車を止めて、手当たり次第カプセルホテルに電話を掛けてみるのだが、どこも満室だという。愕然とした気持ちと現実を理解できない気持ちが交錯する。そしてそれは苛立ちへと時間とともに変わっていく。本当に今日はゴールデンウィークなのか?通りには飲み会を終えて騒ぎまくる酔っ払いどもや、寄り添うカップル達で溢れていた。う・うぜぇ…


「誰がゴールデンウィークだというのに、こんな安いカプセルホテルに泊まるんだよ!みんなもっといいホテル泊まれよ!」


そんな言葉を声を大にして叫びたかった。こんな大型連休にカプセルホテルをなぜ利用するのか全く理解ができない。まぁ僕もそのうちの一人に含まれるのだが…泊まる場所がないとなるとベンチに転がって眠ろうと考えを変えた。だがよくよく考えてみるとここは森の都仙台である。東北といっても大都会であるし、横になって寝るには少し寒い…。下手したら凍死してしまうかもしれない。ここに来て寝袋を持ってこなかったことを凄く後悔した。


「しょうがない。今日は徹夜で走り通すしかないな…」


明日の目的地である気仙沼目指して夜通し走ることを渋々決断するしかなかった。気仙沼に行けば健康ランドがあるみたいだし、昼には着くだろうからそれから爆睡できるはず。気仙沼で寝ることを糧に、覚悟を決めて気仙沼へと続く国道45号を目指すことにした。


「さらば仙台。俺はゆく。」


眠気と疲れがペダルを漕ぐ足に重い鎖を縛り付けていたのは事実。どうもスピードに乗らない。それに徐々に街頭のネオンが少なくなって来て、道がよく見えなくなってきた。不安ばかりが頭の中に渦巻き、気持ちよく走ることなんてできない。ダラダラと走り続けること数分、国道45号に乗り換え走っていると突如通りの反対側にサウナと書かれた看板が目に入った。砂漠で遭難した人が何もない場所にオアシスを見つけ出すような、錯覚にも似た感覚が俺にも起こったのかと、瞼をこすり、目を凝らして看板を睨み付ける。


「や・やはり…サウナだ!!やった!!!!」


少し怪しい外観だったが、背に腹は代えられない。駐車場に自転車を停め中に入ることにした。震える体を湯船で温め、24時半にようやく今日の寝床に着くことができたのであった。とても暖かく夢のような幸せな気分であった。でも初日からこんなんじゃ本当先が思いやられる…。

関東東北チャリ旅 (水戸⇒いわき) 2005年12月12日

今日の目標は20キロ程度先にあるいわき駅まで走るだけだったので、少し寄り道することにした。せっかく海岸沿いを走っているのだから、新鮮な地場産の魚を食べたい。


7時20分に健康ランドを出発する。今日も天気予報では寒いという予報だったが、特別寒さを感じない。アクアマリンふくしまの看板を目印に海岸沿いへと続く道路に乗り換え走る。通り沿いは人気がなく工場が黙々と煙を吐き出していた。


こうして1時間足らずで市場食堂に到着した。自転車を止め2階へと上がる。この市場食堂は港にある建物の2階にあるため地元の漁師が来店しては、声を掛け合い話をしていた。俺はテーブルに着いて今日のオススメを尋ねる。


「目光定食が一番人気がありますね。」


もとから注文するつもりではいたのだが、改めて言われるとここはやはり目光定食を注文しよう。目光定食はこの辺りで採れる魚であるメヒカリの唐揚げがたくさん盛り合わせてある。ボリュームもすごく少し油っこく感じられたが、さすがに採れたての新鮮な魚だ。メヒカリの白身の肉は弾力が感じられた。


食後は小名浜港そばの三崎公園を訪れた。まだ午前中だからか観光客もいないため、どこか閑散とした雰囲気があった。海に突き出した展望台でただボンヤリと水平線を眺める。波と雲が一定のリズムで流れるだけで静寂に包まれていた。何だか心が休まる。今回の旅がここで終わるのを感じさせる。


そんな一時の休息の時間に大型バスが横から割り込んできた。バスは駐車場に止まるとそこからオジサンオバサンをたくさん産み落とし、一直線に俺のいる展望台へとその群れは向かってくるではないか。一瞬にして辺りは雑音に満たされた。物思いにふけることもできず、その場を強制的に追い出されることを余儀なくされた。


再び自転車に跨り走り始める。帰りの電車はいわき駅から一般乗車券で帰ろうと考えていたので、道中長くなることを覚悟していた。そういった理由から、ブックオフを通り沿いに見つけるといつの間にか中へと入っていた。

旅の最中だというのに気づけば1時間も居ついてしまった。すっかり今回の旅が終わったと思い込んでいる…ヤマダ電機で来店ポイントを貯めたり、ロッテリアで昼食を取ったりしながら、12時40分にようやくいわき駅に到着した。

いわき駅は新幹線も止まるため大きな駅かと思っていたのだが、実際はかなり小さかった。エスカレーターどころかエレベーターも付いてない。


「全然バリアフリー化されてないじゃん…」


自転車を折りたたむと担いで階段を駆け上がり改札へと向かった。



今回の旅は2日だけの極短いチャリ旅だった。短かったこともそうだが、1ヶ月前に千葉から水戸へと走ったばかりだということもあり、なんだかただこなしているといった気持ちが少なからずあった。その中でも楽しめなくしている最大たる原因はやはり「チャリが遅く重い」ということ…距離を稼ぐことが目的ではないのだが、予想以上に進めないことがフラストレーションとなり、旅を楽しめなくなしているのだと思う。それに距離が出ないのはしょうがないのだが、進めない割りには足腰に掛かる負担が半端ない。いつもチャリ旅の最後は根性出して耐え抜いている。やっぱりこの課題を解決するには軽量でスピードが出るロードレーサーが是が非でもほしい…次回こそはカスタムするか、ロードレーサーゲットするぞ!