パニック発作といわれる、急性の強い不安の発作を繰り返す症状を特徴とする病気です。
従来は不安神経症の一部に含めて扱われてきましたが、そのまとまった病像の特徴から、独立した病気として扱われるようになり、パニック障害と命名されました(1980年)。従来の不安神経症は、このパニック障害と慢性の不安状態が続く全般性不安障害とに二分されたことになります(不安神経症)。
パニック障害は、のちに述べるように、特別な原因やきっかけなしに急性に発症し、パニック発作を繰り返すことや、不安のため一人で外出したり乗り物に乗ることが困難になること(広場恐怖)、薬がよく効くことなどが特徴です。
私が初めて発作を起こしたのは19歳で短大に通ってた時でした。
授業中、急に動悸がひどくなりその場にはいてもたってもいられなくなり、教室を出てトイレに行って、、初めてのことだったのでなにがなんだかわからずとりあえず授業に戻らなくてはとゆう焦りと、でも自分ではどうにもできない焦燥感にかられました。
今考えると軽い発作だったのだと思います。
そのあとも授業中や電車に乗る時車に乗ってる時に同じような症状がでたり、、もっとひどく 突然起こる激しい動悸や発汗、頻(ひんみゃく:脈拍が異常に多い状態)、ふるえ、息苦しさ、胸部の不快感、めまいといった体の異常と共に、このままでは死んでしまうというような強い不安感に襲われることが何度かあり
このままでは日常生活がおくるのが辛すぎるっとインターネットで調べて心療内科に受診することにしました。
1番酷いときは家からも出れずコンビニにも行けない時期もあったしご飯も食べれなくて唯一食べれるのは梨のみ、、w
体重もみるみる減って159cmの私が37kgまで痩せてしまってました。
でも、学校は卒業したいしできたら編入を考えてたので授業に出たい、、
そしてなにより友達が楽しそうに青春してるのに私は家からも出れないことがとても悲しくて、
そのうち発作がおこっても頓服薬を飲めば30分位で症状が収まるということなど病気に対しての知識も増えて、なんとか薬を飲みつつ短大に通いました。
でも、編入試験の時にやっぱり発作がおこってしまって途中で医務室で休んだのですがその時はもう疲れ果ててしまって、、結局試験もうけられず、編入への道は閉ざされてしまいました。
このまま就職するのも不安で好きだったけど苦手意識の強かったアパレルの専門学校にいくことにしました。
専門学校の試験は面接のみ、
これはなんとかクリアー出来て無事入学出来ることに、、
大学と比べると授業中にトイレにいくことにプレッシャーはなかったんですが周りの目が気になって、あのころもちょっと辛かったかな、、
過敏性腸症候群も併発してたので緊張状態になると下痢になってしまって、一コマの授業中何度もトイレに立つ私はかなり怪しいヤツだった?っと思ってたけど、後から友達に聞いたら誰も気にしてなかったw
少しずつですが体調も落ち着いてきて毎日飲んでた安定剤を飲まずに頓服薬だけで過ごせるようになったのもこの頃でした。
それから某アパレルの販売員に就職して2、3年働いたのち、
産まれてからずっと障害を持ってた妹が急に亡くなってしまい、
母を支えるためにも家の事業を手伝う為に仕事を辞めることになりました。
妹が亡くなったのはショックでしたがそれよりも母をささえなければとゆう気持ちと家業のことで頭がいっぱいで落ち込んでる暇はありませんでした。
その半年後祖父が背骨を折り介護が必要になりました。
年をとって身体のゆうことの効かない祖母、仕事で毎日が精一杯な父と母、、介護できるのは私。
なので自分の出来る限りのことを祖父にしてあげたい、なにも出来ずに亡くなった妹への罪悪感もあったと思います。
そんな生活が半年続いたある日車を運転していたら久々に発作に襲われました、、
本当にどうしていいかわからないし、頓服薬を飲んでたのに、、久々のパニック発作でした。
それから一ヶ月間はまた家からも出れない日々になりました。
勇気を振り絞って1番近くの徒歩5分もしないコンビニにいけたのが一ヶ月後、、勿論そこでも具合が悪くなりトイレでまた下痢、、動悸が収まるまでこもってましたww
病院に通うのも家族に車で送ってもらってましたがその間も予期不安に襲われ何回も車をとめてもらってコンビニに駆け込む、、
病院にいくのもかなり大変でした。(これは短大時代の1番症状が酷い時期もそうだし、今でもたまにあります)
そのことを心療内科で話したら内服薬と併合してカウンセリングを勧められたので一週間に一回カウンセリングをうけることに、
カウンセリングって自分のことを話すので結構辛いものがあります、
自分では思い出したくないことも会話の流れで話したり、、いくたび号泣してましたww
カウンセリングは自分自身のことを見直すいいきっかけになったのですが、余りにも自分自身のことをはなすのが辛かったので一年間程で辞めました。
そして今にいたります。
この病気のお陰で諦めたことも多いいし、辛い、情けないと思うことも多々あります。
今は毎日アナフラニールとゆう薬を朝に飲むのと、自分が苦手だと思うこと(電車に乗ったり、教室など自由に出入り出来ないところなどの密室、美容院、エステ、映画館etc)の前に頓服薬を飲んでなんとか回避出来てます、
電車移動が苦手とゆうことで不自由感はあるけれど、
旅行にもいけるし、友達とも会えるし、資格の為の講座もうけられたりと毎日楽しく過ごしています。
完治する病気かはわからないけれど、それも含めてそれが自分。
初めの頃は友達にも話せなかったけれど、今は仲のいい友達には話せるようになりました^_^
話すことは勇気がいったし、なった人しかわからない症状なので理解してもらえないことも多いいですが話すことで大分楽になりました♥️
長くなりましたがパニック障害でも楽しく過ごせてるよ♥️ってことを伝えたくて書きました。
今症状が辛い人がいたら、、少しでも参考にしてもらえたらと思います^_^