―巻上公一・坂田明・菊地成孔を中心に―

 

  1. はじめに

 

本稿では、『∀ガンダム』の主題歌「ターンAターン」における巻上公一のホーメイ導入を起点に、日本の民族音楽・即興音楽人脈がガンダム作品の音楽にどのような形で関与してきたかを明らかにする。とりわけ、巻上の師匠筋にあたる坂田明、および1990年代即興音楽現場で巻上と共演した菊地成孔(後に『機動戦士ガンダム サンダーボルト』音楽担当)に焦点を当て、文化的・人的ネットワークの構造を分析する。


 

  2. 「ターンAターン」と巻上公一

 

1999年放送の『∀ガンダム』主題歌「ターンAターン」は、歌唱に巻上公一(ヒカシュー)を起用し、Aメロ部分にホーメイを導入した点で特異な位置を占める。歌詞カードには「ホーメイ:巻上公一」と記載され、「黒くくすんだ暦」「刻は巡り戻る」といったフレーズは、当時流行していた「黒歴史」という言葉とファン文化の連想を刺激した。
ここで注目すべきは、巻上が日本におけるホーメイの第一人者として紹介される一方、その背後には明確な師匠筋として坂田明の存在があることである。


 

  3. 坂田明によるホーメイ導入

 

坂田明は1991年2月24日放送のTBS『新世界紀行』「大地が生んだ不思議な音楽・坂田明モンゴル大草原を行く」において、モンゴルを訪れ現地のホーメイ奏者と交流した。この番組に感銘を受けた巻上は、海琳正道が参加していたピットイン(新宿または六本木)のライブの楽屋で坂田に直接教えを乞い、これがホーメイ習得の端緒となったと伝えられる。この「楽屋での弟子入り」という直接的な関係が、巻上の後年の活動基盤を形成した。


 

  4. 坂田と巻上の接点―『風の歌を聴け』(1981)

 

実は、坂田と巻上は師弟関係以前に共演経験を有している。大森一樹監督によるATG映画『風の歌を聴け』(1981)では、両者が音楽面で関与し、同じ現場に立っていた。坂田はジャズ即興の旗手、巻上はヒカシューとして活動初期の時期であり、ATGという越境的な映画制作の場において、ジャズ/ニューウェーブ音楽家が並列的に配置されていたことは、後年の文化的結びつきの伏線といえる。


 

  5. 1990年代即興音楽シーンでの交錯―Cobra東京作戦

 

1993年9月18日、「JOHN ZORN'S COBRA 東京作戦 vol.1【大友良英部隊】」において、巻上はプロンプターとして、菊地成孔はサックス奏者として同じステージに立った。《Cobra》はゲーム的即興指示による集団演奏であり、参加者間の瞬間的な反応と音楽的言語の共有が不可欠である。この場での巻上と菊地の共演は、単なる顔合わせ以上に、即興音楽言語を共有した経験となった。


 

  6. 菊地成孔とガンダム

 

菊地成孔は後年、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』シリーズ(2015-2017)において劇伴音楽を担当し、ジャズと電子音響を融合させた独自のサウンドを構築した。これにより、1990年代の即興音楽現場で既に接点を持っていた巻上(『∀ガンダム』)と菊地(『サンダーボルト』)が、別々のガンダム作品を通じて時代を隔てて並び立つことになった。


 

  7. 結論―文化的系譜としての整理

 

以上を時系列で整理すると以下のようになる。

  • 1981年:ATG『風の歌を聴け』で坂田明と巻上公一が共演(横並びの関係)

  • 1991年:坂田明、モンゴルでホーメイを学び帰国。巻上が弟子入り(師弟関係成立)

  • 1993年:Cobra東京作戦で巻上公一と菊地成孔が即興音楽現場で交差

  • 1999年:巻上公一、『∀ガンダム』主題歌でホーメイを披露

  • 2015年以降:菊地成孔、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』音楽担当

この流れは、1980〜90年代の日本におけるジャズ/ニューウェーブ/民族音楽/即興音楽人脈が、長期的な文化的蓄積を経てガンダム作品に二方向から接続された事例である。ガンダム音楽の多様性は、こうした越境的ネットワークの中で形成されてきたと結論づけられる。