――東側2階に並んだ者たちと“創作共同体”の空間的想像力
はじめに
『ドカベン』シリーズ(1972–1981、週刊少年チャンピオン連載)に登場する明訓高校野球部の中核を成す「四天王・五人衆」のキャラクター構成は、単なる野球戦術の枠を超え、戦後日本の創作文化における“異能の結集”の寓話として読むことができる。
本稿では、これをトキワ荘文化圏の構造と空間配置との対応関係から再考する。特に、「トキワ荘2階の東側」に集中して居住していた、赤塚不二夫・石森章太郎・藤子不二雄(F・A)らの空間的並列に注目し、これを『ドカベン』の「明訓四天王」――山田太郎、里中智、殿馬一人、岩鬼正美――に重ねることで、創作共同体の空間=物語空間対応論として展開する。
一、明訓高校野球部の「四天王・五人衆」構造
まず、『ドカベン』における明訓高校野球部の中核的布陣を確認する。
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キャラクター |
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ポジション |
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特徴 |
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チーム内の役割 |
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山田太郎 |
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捕手/4番打者 |
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誠実・堅実・万能 |
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チームの要・主軸 |
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里中智 |
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投手 |
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小柄・技巧派・冷静 |
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エース・知的存在 |
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岩鬼正美 |
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一塁手 |
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豪放・暴力的打撃・直情径行 |
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爆発力・勢いの核 |
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殿馬一人 |
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三塁手 |
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音楽的・奇抜・技巧派 |
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異才・創造的奇人 |
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微笑三太郎 |
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外野手ほか |
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軽妙・外部的・語り手的存在 |
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周縁からの視点/メタ役割 |
このうち、山田~殿馬の4人は、明訓の「四天王」として明確な戦力核をなす存在であり、彼らの類型の異なるキャラクター性の配置は、多様性を前提とした共同体の理想像と読むことができる。
二、トキワ荘文化圏における空間的配置
1950年代末、豊島区椎名町に存在した「トキワ荘」には、数多くの若きマンガ家が集い、相互批評・協業・競争を通じて、戦後マンガ文化の中核を形成していった。中でも注目すべきは2階東側の並びである。
この配置にあったのは以下の4人である:
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部屋 |
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居住者 |
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備考 |
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14号室 |
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藤子不二雄Ⓐ(安孫子) |
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怪奇/風刺/硬派な観察者 |
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15号室 |
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藤子・F・不二雄 |
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構成/理性/クリーンな少年マンガ |
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16号室 |
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赤塚不二夫 |
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ギャグ/ナンセンス/破調の天才 |
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17号室 |
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石森章太郎(石ノ森) |
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多作/SF/ヒーロー創造者 |
この東側の縦並びは、創作のエネルギーが一点に集約されたかのような「創造の柱」として今日でも語り継がれている。彼らは性格も作風も異なるが、“並んでいた”という物理的配置によって連帯し、互いの才能を刺激し合ったのである。
三、「東側の並び」=明訓四天王構造の空間的照応
この「トキワ荘東側2階の並び」と『ドカベン』の「明訓四天王」との間には、空間的な想像力を媒介とした対応関係が見出せる。
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明訓キャラ |
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トキワ荘住人 |
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共通属性 |
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山田太郎 |
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藤子Ⓐ(安孫子素雄) |
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誠実・安定感・一歩引いた中心/地味だが全体を制御する |
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里中智 |
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藤子・F・不二雄 |
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少年的清潔感・技巧・理知 |
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殿馬一人 |
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赤塚不二夫 |
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奇抜・ナンセンス・音楽性 |
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岩鬼正美 |
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石森章太郎(石ノ森) |
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多作・熱量・暴走するエネルギー |
以下に示すのは、『ドカベン』の明訓高校レギュラー陣と、トキワ荘文化圏に属するマンガ家たちの構造的・性格的対応関係である。
この対応は単なる性格類型の一致ではなく、“東側に並んだ異能たち”の再構成=創作的座標軸の再演として読むことができる。明訓の「四天王」は、実質的に「トキワ荘の創造軸の再現」なのである。
四、微笑三太郎=つのだじろう的「周縁の語り手」
この四天王に対し、微笑三太郎はチーム内に居ながらもやや距離を置いた位置にいる。彼は代打要員であり、同時に作中における狂言回し/観察者的存在として機能する。
このポジションは、トキワ荘通い組つのだじろうのような、「文化圏には属していないが創作的視座を共有する周縁的作家」たちと重なる。
微笑は、「トキワ荘には住んでいなかったが、文化圏を見つめていた者」としての代理である。
五、徳川家康監督=水島新司=手塚治虫の「神的位置」
そして全体の外部からチームを統括する存在が、監督・徳川家康である。彼はほとんど具体的な指示や演出を行わず、しかしチームに絶対的な影響力を持つ。
この構造は、手塚治虫の“神”としての文化的位置と一致するが、同時にこの神=監督は、物語の創造主たる水島新司自身(1977年・監督:鈴木則文の映画版)でもある。
水島は、かつてのトキワ荘に居なかったが、その精神を継承し、“神”として再構成した。
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明訓野球部 |
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通い組・(元)住人 |
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共通点 |
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微笑三太郎 |
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つのだじろう |
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周縁的・観察者・怪奇的視線/集団の外から見つめる存在 |
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土井垣将(新監督) |
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寺田ヒロオ |
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統率・兄貴分/精神的支柱 |
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徳川家康(監督) |
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手塚治虫 |
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神・創造主/中心にして周辺に在る存在 |
結論:トキワ荘の東側に並んだ者たち=『ドカベン』の中核
明訓高校野球部の「四天王」構造は、単なる野球マンガ内の勝利のための布陣ではない。それはむしろ、トキワ荘文化圏――特に2階東側の“縦の列”に並んだ創作者たち――の精神的再構築であり、水島新司によるもうひとつの“戦後マンガ創作者神話”の物語化だった。
物理的に隣り合った部屋から立ち上がった創造の炎は、キャラクターたちの野球チームとして再演され、読者はいつの間にか**“トキワ荘の夢”を明訓の試合を通じて追体験している**のかもしれない。
参考文献
- 水島新司『ドカベン』(秋田書店)
- 藤子不二雄Ⓐ『トキワ荘青春日記』(小学館)
- 藤子不二雄Ⓐ『まんが道』(少年画報社)
- 赤塚不二夫『これでいいのだ』(筑摩書房)
