サラエヴォ3日目の最終日。
PANSION CENTARの6人ドミ8€に滞在。
一昨日の早朝に街の中心から外れた場所に降ろされる。
自分以外に6人の外国人旅行者。
ただし、そのうちの2人の女性達はボスニア語を話せるようなので、セルビア人、もしくは周辺の国の人なのかもしれないが、一人は英語を話し、街の中心への行き方などを確認した上で、一緒に行こうと他の旅行者達に声を掛けてくれた。
他にはバスの中で席が前だった日本人のカップルと韓国人の若者2人。
確認した結果、やはり街外れの為、ローカルバス乗り場まで歩かなくてはならず、その上、ATMが見当たらずにバス代がない。
日本人のカップルは少しだけ現地通貨に両替済みとの事で、バス代1.8KMを貸してもらえることになり、いざバスに乗り込む際、韓国人2人はまだ外にいたので、2人の分のバス代も貸してあげられないか訊ねると、2人は了承してくれ、みな街の中心まで辿り着いた。
少し歩くと橋が見え、それが有名なラテン橋だと分かり、多少の位置関係を理解できた。
とりあえず、自分の目指す宿はバスターミナルと中央駅から近いと確認済みだったので、その途中でATMから現金を引き出し、バス代を返そうと考えていたが、日本人のカップルは川沿いを右の方へ行ったホステルを予約している為、そこで分かれることになった。
最初からバス代はいいと言ってくれてはいたが、また街中で再会した時にでも返せればと思いつつ、結局、小さい街での再会は果たせず、3人分3€を借りたままになってしまった。
日本の生活や短期旅行では3€程度は安いものかもしれないが、長旅になると3€程度のお金でも、物価の安い国では色々できたりするし、金の使い方の重要性を身に沁みて感じられる。
日本人のカップルと別れ、韓国人の2人と駅を目指すが、地図上では約1Km弱との認識で歩くも、体感ではそれ以上に感じられ、荷物の重さが一番の原因ではあるが、何とか駅に辿り着いた。
韓国人2人と共に電車及びバスのタイムスケジュールと値段を確認し、再び宿探しを始めたが、この時すでに2人は予約しているペンションが駅とは真逆であったことに気付いており、ただただ同情しつつ、すぐに駅周辺で宿探しをするつもりだった。
駅を出てすぐ、「Where are you from?」とナベアツ(元世界の)似のHに声を掛ける中年男性。
間違いなくアジア人。
Hが「韓国です。」と答えてすぐ、もう一人のJを交え、ハングル語で会話が始まった。
おそらく、こちらで働く韓国人ビジネスマン?だと思われるが、会話が終わり、彼らは車で宿まで送ってもらえることになったとの事で、『それじゃ、また!』と挨拶をし、歩き出そうかとした時、韓国人のおっちゃんが「君も一緒に乗っていきなさい。」と言ってくれ、遠慮しつつも、同乗させてもらうことにした。
車の中ではハングル語での会話が続き、どう見ても運転手らしきヨーロッパ人のおっちゃんに指示をする、韓国人のおっちゃんの様子から、ただのビジネスマンではなく、経営者的な立場だと感じた。
途中でペンションのオーナーの車に乗り換え、その車中、先ほどの人物について聞いたところ、自動車販売(主に中古販売?)で成功し、今では周辺国でもビジネス展開している社長との事、それからすぐ宿に辿り着いた。
ドミでベッドを確保し、まだ9時半ぐらいだったので、しばしの休息。
そこへドミの先客が戻ってきたが、昨日から1泊したものの、他のホステルへ移るとの事。
彼はナポリ在住のエンジニアでマレーシア出身、ドミでアジア人だけというのは珍しい(日本人宿など特定の宿を除いて)。
ちょっと話し、12時位くらいに昼飯を食べに行く約束をし、その前に現地通貨調達と軽い散策をし、それから昼飯へ。
マレーシアンガイがお薦めだという店に行き、周辺諸国で朝食の定番なパイ料理のファストフード店でランチ。
その後、旧市街を簡単に散策し、移った先の5€ドミを見せてもらうも、3段ベッド7台21人ドミは値段相応だと納得w
そこで別れ、一人でブラブラ歩きつつ、市場調査。
スーパーと青果市場を発見し、晩飯用に玉ねぎやズッキーニなどの野菜を2Kgを3KM買い、水5Lを1KMで購入し、宿に戻り休息。
19時半ぐらいに人の気配で目覚めると、コリアンガイズが戻ってきていた。
呑む約束をしていたが、ランチの時間が遅く、今すぐ呑みたいという雰囲気ではなかったので、しばらく話してから、スーパーへ。
土曜日ということもあり、水を買ったスーパーは閉まっていたが、すぐ近くのスーパーはまだ開いていたので、ビールと食材を調達し、宿に戻る。
そこから、Hがコチュジャンを使った韓国料理を作り、俺はズッキーニとパプリカで浅漬け、それに玉ねぎを加えた簡単な野菜炒めの2品を作った。
そして、呑みながら片言の英語でも、其々の文化の違いから深い話しまで、それなりに会話も成立し楽しめた。
まあ2人は大学生で若く、上の世代の考えとは違うから柔軟性があるのかもしれない。
色々と問題を抱える両国だが、揉める原因を作ってるのは一部の権力者達な気がする。
2日目、コリアンガイズのJから悲しいお知らせ。
ベッドバグにやられ、明らかに凹んでいるのを見て、経験者として心から同情。
昼過ぎまでダラダラと宿で過ごし、14時過ぎに軽く観光しつつ、バスターミナルへ。
やはり旧市街の街並みが一番面白く感じつつ、そこから川沿いをずっと歩き、大通りに出た場所にある教会付近のバス停の椅子に座り、一休み。
隣に座っている老人の視線を感じ、『ドーバル・ダン!』と挨拶。
老人は笑顔で「ドーバル・ダン。○△□*+~。」『ネ・ラズミィエム。』「○△□*+~。」『もしかして何処から来たのか聞いていますか?日本人です。』「おぉ、にほんじんか!Good!広島、ボンッ。」となぜかジェスチャー付で原爆の事を伝えてきた。
以前も同じシチュエーションがあったけど、たぶん、原爆や戦争はろくでもないと言いたいのだろうと、そのような単語と共にゼスチャーをすると、うなずく様な仕草と何かを言っている。
そのタイミングで教会の鐘が鳴り、俺が教会を見上げると、老人は「教会の鐘が鳴っとる。」と言い、続いてモスクからアザーンが流れ始め、『今度はアザーンかー。』と言ったら、老人が「お前知っとるのか?」といった感じで何か言ってるので、『宗教は何ですか?』と聞いても通じず、『アッサラーム・アレイコム!』と言ってみたら、「アレイコム・サラーム。」と満面の笑みで返してくれ、更に「○△□*+~。」と何かを伝えようとしてくれたが、残念ながら分からずも、老人は嬉しそうにタクシーに乗り去って行った。
それから、バスターミナルへ向かい、翌日22:30発のナイトバスチケットを購入。
その日の夜、オーナーが来て宿代の徴収を始めた。
最初から「何泊するんだ?」と聞かれ、『今は考え中だからと待って下さい。』とは言っておいたが、また聞かれ、小さな街で特に長居する理由もないので、『2泊する。』と伝え、『1泊8€は知ってるけど、マルク換算でいくらですか?』と訊ねたが、「知らない。」と言われ、『1泊分払えばいいですか?』と聞くも、スルーされて他の滞在者と話し始める。
この時点で、先に話している客を置き去りにするシチュエーションは2度目で、バス会社のチケットを買う際にも、話の途中で別の客の対応をされていたので、またかと心の中で苛立っていた。
面倒になり話しを終えたところで、『1泊8€で1€が約2マルクだから、16マルクですよね?』、オーナーは黙って受け取るので、『領収書下さい。』と言ったが、「領収書はない。」との事。
それからしばらくして、オーナーがすごい剣幕で現れ、「2泊するのに16マルクしか払ってないだろ?!」、こちらは急なことで意味も分からないので、『ごめん、ごめん。俺はレートが分からんし、まあ呑んでたし、勘弁してくれ!』、「別に今すぐ出て行ってもらってもかまわん!」、『だから、悪かったから、いくらなの?』「27マルクだ!」『あっそう、不足分払えばいいんですね?』と不足分を支払い解決したが、自分がちゃんと対応せず、それを客のせいにするのは終わってるw
そして、本日最終日。
オーナーの性格を考え、しっかりとチェックアウト時間に間に合わせようとしたが、何処にいるのか分からず、ドミへ行って聞いてみても誰も知らず、1階にあるもうひとつのドアをノックしてみると奥さんらしき女性が現れ、『チェックアウトお願いします。あと鍵をお返しします。』「はい。ありがとう。」とまともなやり取りができたので、『バスの時間が22:30なので、リビングで待たせて下さい。』「いいわよ。」と確認が取れたが、英語はあまり話せないとの言葉通り、苦手そうだったのでちと不安になる。
その後、鍵を返してしまったので玄関が開けられない為、ずっとリビングで過ごし、夕方、オーナーが現れ、「予定はどうなっているんだ?」『今夜22:30のバスに乗る予定で時間があるから、ここで待たせて下さい。』「・・・。」、快く「OK!」との言葉はなく、不満そうに立ち去る。
こんな不快な経験は初めて( ̄ー ̄;
奥さんは良い人なのに、旦那は偏屈者なパターンですか?w
夕方、コリアンガイズから1時間だけ鍵を借り、夕食を軽く食って、更にパイとビール、プラムを購入し、宿に戻って時間を潰す。
そして、気にせずに現在まで居座るw
さて、そろそろ現地時間21:00になるので、バスターミナルへ向かう準備をしなくては。
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