とりあえず、ふらっと世界一周。 -2ページ目

とりあえず、ふらっと世界一周。

やっと面倒な物事から解放されて自由の身となり、資金調達も完了したので、旅に出ます。

現在、ポーランド6日目のワルシャワ3日目で最終日。


今夜、20時発のナイトバス約36€で東欧旅ラストであるチェコのプラハへ。


今はHoza Hostelの12人ドミ7€に滞在中。




ポーランドは街歩きに忙し過ぎて、現地の人々との交流があまりできず、しかし、街並みの良さや人々の人柄の良さは感じられ、トラブルや不快な出来事と差し引きで、可もなく不可もなくな印象( ̄ー ̄;


ネタとして書きたいこともあるので、時間がある時にでも回想記を書く予定。


このブログを読んで下さっている方々には申し訳ありませんが、世界一周一人旅をするに当たっての詳細情報や観光的な話題があまりなく、面白みに掛けると思います。




このブログは日記的な感じで書いているので、過度な期待をなさることのないようにくれぐれもよろしくお願いします(*^▽^*)


ただし、旅で付きものであるトラブルに関しては、どう対処したか、どうすべきであったかの反省など、自分なりに書きたいと思っております。


参考になるかは分かりませんが、一人旅での心の準備に少しでもお役に立てれば幸いです!





 




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グルグルと頭の中を駆け巡る様々な思考・感情など、あれこれ・・・

只今、日付が変わりポーランドのクラクフ4日目の深夜で最終日、Goo-bey Lenin Hostel - Let's Rock!12人ドミ7€(朝食込み)に滞在中。

宿の名前が素晴らしく、安さに惹かれ泊まってみたけど、なかなか良い宿な上、クラクフの街も気に入ったので、もう1泊追加の3泊4日。





そんな平穏な時間をポーランドで過ごせるとは思えない幸先の悪いトラブルが列車で起こったorz

ブラティスラヴァ23:30発2回乗り継ぎクラクフ行きと勘違いしていた23:02の列車は、結局、40分遅れになったw

これは仕方がない事と素直に受け入れ、列車に乗り込み混雑した中を席を探し彷徨う。

どのコンパートメントも、中途半端に人や物で空いた席なのかどうかも分からず、ウロウロしていると一人のババアがここは私達の席だからと出て行けという感じで、犬でも追い払うかのような仕草をしやがるw

一人の外人の兄ちゃんが、「ここは予約してあるから。」と言うので、とりあえず、駅員に確認すると、「この車両の空いてる席なら何処でも大丈夫!」と言う。

とにかく、海外のシステムは良く分からんむかっ(怒り)



なんとか、席を確保し、明け方の乗り換えに備え就寝。

早朝4時半過ぎ、3度目の検札。

ボーっとした状態の俺に係官が、「このチケットは有効ではないから、20€を支払う必要がある。」と訳の分からない事をほざく、『えっ?どういうこと?このチケットについて3回くらい確認したけど、この列車に乗れるって言われてるから。』と言うが、「この列車はベルリン行きで、お前のチケットでは乗れないんだ!」『はあ?いやいや、この列車に乗っても大丈夫と確認済みだから!』「もし料金を払わないんだったら、警察を呼んで連行してもらうし、おそらく、お前は強制送還だ!」『はあ???俺はちゃんと料金払ってんだろ!?』と係官が手にとっているチケットを指した。

係官は激怒したような顔つきで「それなら構わん!」とチケットを自分の鞄に仕舞い込み、通路を歩き出した。

流石にそれはないだろと後を追い、『おい!それは俺のチケットだろ!?俺は金を払ってんだからさ。返せよ!おいっ!』と食い下がったが、係官はなかなか返そうとはせず、とにかく捲くし立てチケットを奪還!

今回の件の片はまだついていないので、『どうすりゃいいの?』「じゃ、料金を払え!」『いやいや、20€は納得できないわ。48€は払ってるし、ちゃんとチケット売り場や駅員に確認してるからさ。』「払う気がないなら勝手にしろ!」『話し合おうや!』「そこで待ってろ!」『いつまで待てばいい?』、何も言わずに立ち去る係官の姿に呆れ、もうどうでもよくなった。

そのすぐ後に別の係官らしき2人が来たので、事情を説明し、どうすればいいのか問う。

若い方が片言の英語で何やら説明しているが、やはりこのチケットではだめらしき事を言っている。

『この列車で、私のチケットは使えますか?』「この列車でそのチケットは無効なので、新たにチケットを購入する必要があります。だから、10€を支払って頂ければ、問題ありません。一応、乗り変える駅のインフォメーションで、チケットについて確認して下さい。」、別の上司らしきおっさんがチケットに裏書をした。



ベルリン行きではあるが、問題なく経由地のカトヴィツェに5時半ぐらいに到着し、非常に疲れたのでベンチで小休止。

その後、カトヴィツェ駅周辺を散歩し、インフォメーション兼チケットブースでチケットについて確認すると、「このチケットでクラクフまで行けます。」『えっ、このチケットは使えないと言われたんですけど・・・。このチケットで行けるんですね?』「はい。」

意味が分からないまま、6時半の列車に乗れず、7時半の列車に乗車し、車掌らしきおっちゃんに『このチケットでクラクフに行けますか?』と確認してみると、「ああ、行けるよw」と笑顔で答えてくれた。

そのまま、約2時間ちょっと列車の旅、1回だけの乗り継ぎでクラクフ着。

本当に意味が分からないまま、一体あの騒動はなんだったのか?疑問が残るままのクラクフ入りはいいが、予想外に大きな駅でこれまでの首都の駅よりも立派で発展したクラクフという街が不思議に思えた。





駅の構内を歩いてみると駅ビルに繋がっており、まるで先進国のような感じで、ポーランドは西ヨーロッパ並みに発展しているのだろう。

駅ビル内のベンチに座り、コンデジで撮っておいた宿情報をチェックし、一番分かり易いグッバイ・レーニンへ向かう事にした。

宿に到着し、いつものように予約無しでの宿泊に成功し、クラクフは問題なく楽しめているので、あの係官との相性が悪かっただけで、単純にあいつの頭がおかしいのだと理解できたwww

ただ、ああいった輩に出会った際、相手の高圧的な態度でフラストレーションが蓄積され、言葉がうまく通じないことによるストレスは計り知れない(^▽^;)

味方がいない状態のアウェイでは絶対的に不利なのは明白な上、相手の持つカード次第ではどうなるか分からないのが現実で、自らの無力さにいつも自己嫌悪になるorz

ブラティスラヴァ2日目の最終日。



かなり相性の良い国だと思うけど、残念ながら1泊2日と決めてしまったorz



ポーランドやチェコで時間を確保したかったし、ベルリンでもゆっくりしたいので、次回があれば、その時にでもローカルな場所へ行きたい!




11:25ブタペスト発ブラティスラヴァ行き4,900HUFの列車から幸先良く、その車内で年配のハンガリー人夫婦と知り合い、途中のお城や山について説明してもらい、その上、パンや生パプリカ、それに手作りのハンガリースタイル肉団子のランチをご馳走になった(‐^▽^‐)


その国の家庭料理を食べたいと望んだら、誰かが気を遣って、その機会を与えてくれたようだw


14時過ぎに到着後、旧市街に行くまでの間におっちゃんと女性が其々「Can I help you?」と声を掛けてくれ、後から声を掛けてくれた女性は探していたホステルの近くまで案内してくれた。


それ以外にも、道を訊ねた人達みなが嫌な顔をせずに笑顔で道を教えてくれたし、しかも英語で返答してくれたのは奇跡!


で、最初に発見したホステルではなく、そこより安いホステルへ行ってみると、A1ホステル・ブラティスラヴァ7人ドミ15€に運良く1番乗りで滞在確定、その後フルw


ホステルワールドで探した結果、旧市街で良いロケーションの宿でこの値段は安い方。





ベッドを確保し、疲れ果て部屋でまどろみつつ、今後の予定を組み直し、18時過ぎに外へ出て、一眼とコンデジで街並みを撮りつつ、再び駅まで。


もう『翌日に移動!』と心に決め、ポーランド・クラクフ行きの列車の値段を確認。


おばちゃんが示した金額は、まさかの62€Σ(゚д゚;)


一瞬、思考停止状態になったが、これまでの移動費の3倍弱でも、時間を金で買おうと決め、チケットを購入した直後、なぜかさっきまでの表示金額が48€に変わり、「One way?」と聞かれ、『Yes!』と答え、14.5€が返金された。

それでも、これまでの移動費のほぼ倍額ながら、ちょっと得した気分になってる自分へ、まるで詐欺に遭ってるようだと別の人格が突っ込んでいたw



それから、プリントアウトされたクラクフ行きの数本のタイムスケジュールを見直し、ダイレクトの夜行列車があることに気付き、窓口が閉まる20:00ギリギリで、開いていた別の窓口のおばちゃんに確認。


しかし、寝台車の予約が必要らしく、14€の追加料金も必要との事で、結局、62€になると思った瞬間、乗り継ぎ2回の『普通列車でいいです。』と答えつつ、『同じ時刻発乗り換えが必要なこの列車には乗れるんだよね?』と再確認したが、うまく意思疎通が取れずにおばちゃんは困惑しつつも、「どの時刻の列車も乗れるから大丈夫!」との言葉で、『そうそう、1ヶ月間有効ルールなんだよね?w』と3度目の正直で状況を理解しつつ、移動費の高さによるダメージの大きさを確認しながら、最後まで優しく対応してくれたおばちゃんのお陰で、現実を受け入れられたwww





それから、夜の街を写真と動画撮影でフラフラと歩き、道に迷い焦る( ̄_ ̄ i)


夜の街並みがとても良過ぎた旧市街。


やはり小さくまとまった街は素晴らしく、俺好みなのにゆっくりできない現実に後ろ髪引かれる思いながら、これもまた旅らしくて面白いと思う別の自分がいて、『また来ればいいじゃん!』と簡単に言うw


現実に戻り、現地の人らしき女性に道を訊ねるも、またしても笑顔で優しく道を教えてもらう。


やっぱこの街好きだわキラキラ


スーパーの閉店時間にもギリギリ間に合い、ビールとトマトにプラムとザクロを購入し、21時過ぎ無事に宿到着。




今日も旧市街を観光中、インドっぽい音楽を奏でつつ、歌って踊っている楽しげな集団を発見し、写真や動画を取り捲った結果、メモリーフル&バッテリー切れで宿に戻って、ダラダラとし始めて観光をする気力がなくなってきている状態w



これもまた巡り合せ!



で、その集団の兄ちゃんに声を掛けられ、マントラ・メディテーションなるPC-DVD-DATA-DISKなるものを入手。



ウィルスが仕込まれていたらと思うと、PCで内容を確認するのにちょっと躊躇。



ドネーションで良いと言うので、持っていた小銭1.7€を渡し、YOUTUBEに動画をUPしても良いという許可は得たが、あの人達の詳しい素性を知るにはDATA-DISKを見る必要あるだろうし( ̄ー ̄;






とりあえず、また予定変更で、本日の23時半の列車に乗ってスロヴァキアを去ります!



この予定変更がどんな巡り会わせ(合わせ)を用意してるのか?それがとても楽しみキラキラ


ただ、ハンガリー人のおっちゃんとおばちゃんは娘に会う為、プラハへ行くと言っていたので、本当は写真と共に『明日の早朝にはプラハです。』とメールを送ってみたかったw








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ブタペスト5日目で最終日。


モヒカン率の高さに驚かされたその衝撃を超えるものもなくwww


韓国人Hが「ハンガリーは東欧の中でも一番美人が多い!」という言葉は、期待通りとは行かなかったし

( ̄ー ̄;






初日はザグレブからブタペストまで、初の列車移動230kn。

到着予定時間から約1時間遅れの17時半過ぎに南駅に到着。



約2時間後、宿に辿り着き、Andanteという日本人宿の8人?ドミ15€に3泊。

久しぶりでこの旅初のがっつり日本人宿に滞在した理由は、市場でフォアグラを仕入れ、シェア飯で安くフォアグラを食べたかった為、しかし、タイミング悪く面子が揃わずorz


フォアグラ1Kg5000フォリントで2千円弱とはいえ、この国では高価な物で私の財布にも優しくはなく、量的にも無理があるので縁がなかったと諦めた。


レストランで気軽に食べられると言っても、元々レバーがそんなに好きではなく、酒を飲むようになってから食べられるようになった食材程度の位置付けである以上、高級食材であろうが優先順位として酒を飲みたいと思うw


まあ日本人宿はマンガが大量にあったり、地球の歩き方も置いてあるし、世界一周をしている人も意外と多く、旅の情報を仕入れるには最も効率のいい場所ではある。


それにチェスの日本チャンピオンになった人がチェスの大会の為に長期滞在していたり、声楽を学ぶ為に留学中の方、世界一周の途中で管理人をしてる人など、色々な経歴の日本人の方々にも会えるので、面白い環境なのは確か。


あとは他言語で疲れた脳ミソをリフレッシュする意味で最適かも。




そして、4日目はI Love Budapestという名のホステルの6人ドミ9€に滞在。


フォアグラの件がなければ、安いに越したことはないのでこちらのホステルで充分な自分がいる。

今回は余計な出費がかさんだせいで、財布の中は755HUFしかありませんw


でも、切符(1枚320HUFで、10枚綴り2800HUF)の余った3枚をお買い上げ頂き、840HUF分を現金化できたので、両替やATMで引き出しをせずに済んだ(°∀°)b






とりあえず、今回のメインは美味しいワインだったので、ブタぺストからバスで2時間半(片道2,520HUF)のエゲルというワインで有名な町へ行き、数軒のワインセラーを巡り、1杯90~250フォリントでエグリ・ビカヴェールやその他の赤ワインを充分に楽しんできた。

そして、夜はスーパーでトカイワインの安物699フォリントとアスー3プットニョス1299フォリントを購入し、ハンガリーワインを堪能し大満足!

またハンガリーに来る機会があったら、迷わずにエゲルに数日滞在し、ワインセラーに毎日通って、地元の人々のように量り売りのワインをリッター買いで呑んだ暮れたいw





とりあえず、本日は昼前後の列車で新たな国へ。

ちょっと東欧の旅がタイト過ぎて、田舎へ行けないのが反省点。

やっぱホームメイドな料理が食べたい!

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ザグレブ3日目で最終日。



現在、ザグレブのNAGUSTOというホステル8人ドミ18€(朝食込み)に滞在中。





昨日はプリトヴィッツェ湖群国立公園へ行って来た。



朝5時半に起きて、6時に宿の前でオーナーを待ち、朝食を受け取る。



前日『明日は国立公園へ行くから、朝飯食べられないわ。』「そうか、それじゃ、明日の朝、俺が何か買って持っててやるから、宿の前で待ってな!」『そりゃ、助かるよ!ありがとう。』的なやり取りをし、ブルーベリーパイを貰った



まず駅に寄って、翌日の列車のチケットを購入し、それからバスターミナルへ向かう。



結局、バスターミナルに着いたのが7時ちょっと前で、6時半のバスには間に合うはずもなく、次の7時半のチケット92Knを購入。




ザグレブからプリトヴィッツェ湖群国立公園まで、約2時間半のバスの旅。



10時くらいに入場口1ではなく、入場口2で降りる。



前日、ドイツ人の女の子に薦められたルートで行こうと入場口2で降りたはいいが、降車したのは俺一人で、他の乗客はそのままスプリット方面へ行く方々、やはり国立公園へ行く旅行者は入場口1で降車するのが当たり前らしいw



それでも、公園内の宿泊施設の滞在者か、スプリット方面から来た旅行者がそれなりにいたので、何かトラブルがあっても、何とかなりそうで一安心。



そして、バスのチケット売り場を見つけ、帰りの16:15発ザグレブ行き100Knを購入し、これで確実に戻れるはずと更なる安心を得て、チケット売り場の兄ちゃんに質問、『公園内の船やバスの利用料はいくら?』「110Knだね。」、ここで不安の種が芽生える。



手持ちのKnバス代と入場料などの諸経費を抜き、200Kn弱 orz



いつも余計な金を残したくないので、ほぼぴったりに現金引き出しをする為、それが裏目に出るw



とりあえず、公園入場口へ行きチケットを買おうと売り場を見ていたら、クレジットカードが使えるらしく、一応、聞いてみる『クレジットカードは使える?』「もちろん。」「それじゃ、カードで。」、入場券110Knを手に入れ、チケット売り場の向かい側にあったインフォメーションへ。



先程までしばらく探していたのに見つからず、まさに灯台下暗し( ̄ー ̄;



色々と質問してみた『地図はありますか?』「向かいのチケット売り場で購入して下さい。20Knです。」『じゃ、いらないです。それではこのコースを見るのにどれくらいの時間が必要ですか?』「4時間~6時間はかかると思います。」『分かりました。あと船やバスの料金はいくらですか?』「全て入場券に含まれています。」『・・・、そうですか。』、余計な心配をして安全策をとった結果、Knが1000円くらい残りそうorz




いざ、入場!


最初に船で向こう岸へ渡り、ハイキング開始。


カップルや家族連れ、グループなど、ここでも一人で観光してる人間は珍しいw


それでも、景色を眺めながら、素晴らしい風景に圧倒されつつ、自分の目に移った自然は言葉では表せないので、以下省略。


約6時間のハイキングを終え、無事に宿へ戻れた。






クロアチアの物価は高いが、ドブロブニクを含め、観光するには良い国。


旅のスタイルは人其々だけど、やはりゆっくりと旅をした方が、色々な意味で楽しめると再確認。


しかし、この後も2泊3日もしくは3泊4日(ナイトバス泊込み)の忙しい日々は続く(^_^;)

2泊3日のつもりが、3泊4日になったドブロブニクの最終日。


初日は早朝4:30にバスターミナルに到着し、肌寒い中、移動もできずに外で待つのかと諦めていたが、荷物預け兼トイレスペースが5時前に開放され、7:00までそこで待つ。


そこから、重い荷物を背負って、いつものように宿探し(>_<)






初日はユースホステル6人ドミ150HRK+7HRK(朝食込み)で、ロケーションはバスターミナルとオールドシティの中間に滞在。


しかし、1年ほど古い情報のガイドブックの料金よりかなり値上げ(ハイシーズン料金?)の為、その日の内に翌日の宿探し。




ネットで調べておいたAnchi Guesthouse & Apartmentsを見つけ、翌日1泊したいと直接申し込み、ハイシーズンにも関わらず、何とか2人部屋の1ベッド17€を確保、ロケーションはバスターミナルから歩いてすぐだったorz


そして、その日はビッグマリアの何か?で休日の為、スーパーなどの店が早い時間に閉まり、素晴らしいキッチンが使えず、オーナーであるママに話すと沢山の野菜と卵などの材料、ハンバーグスープのような手料理まで用意してくれた

ヾ(@°▽°@)ノ


居心地良くて、もう1泊したいとママに聞いてみたら、「明日にならないと分からないけど、大丈夫!」との事。


しかし翌日、高校生の息子が「フル!だから、無理!」と即答。


一応、前日に『もう1泊したいと伝えてある。』とワンプッシュした結果、息子がママに何かを訊ね、ママからの一声で3階のレセプション兼生活スペースにあるゲストルーム(現在は洗濯物置き場)をベッドメイク後に提供してくれた[m:66]


2人部屋から狭いながらシングル(同額)を確保!


本日の朝には手作りのフルーツパイとコーヒーを頂き、冷凍された魚を大量にもらい、豪華なディナーを食べ、21:30のバスまでゆっくりできそう。






それにしても、ドブロブニクは相性が良いらしい。


初日の宿探し中、「can i help you?」とダンディーなおっちゃんが声を掛けてくれ、宿の場所を教えてくれただけでなく、「今は世界が変わろうとしてる時で、色々な問題が起こっている。ただし、新しいリーダーが現れるだろう。お前は若いし、何でもできるから大丈夫!そして、お前の成功を俺は望んでいる。お前の道を行けばいいさ。」的な話しを5分ぐらいしてくれ、「俺はこれからコーヒーを飲み行くから、元気でな!」とカッコ良く去って言った。




その日の夕方、城壁を登ろうか迷いつつ、近くの階段を上ってみると、その途中の入り口を抜けるたら、海が見える小さなバスケットコートがあり、一人のおっちゃんが黙々とシューティングをしていた。


それを眺める現地の若者が話しかけてきたので、会話をしていると「彼は何歳に見える?」、心の中では50過ぎかな?と思いつつ、『47歳くらいか、それとも45歳くらいかな?』と答えた瞬間、若者は笑いながらおっちゃんに「日本人が40代に見えるってよ!」的なことを大声で伝え、その後「彼はもうリタイアしてるよw」、流石に動きを見る限りでは60台とは思えず、驚かされたΣ(・ω・ノ)ノ!


それから、おっちゃんが「見てな!」と3ポイントシュートを何度も決め、更に驚く!


それに刺激を受け、サンダル履きで充分な装備ではないながら、10年振りぐらいにシューティングをさせてもらうが、全く決まらずorz


最後の方にはミドルレンジから決まるようになったものの、体が硬い上、手首の柔軟さ、シュート感覚など、全てが劣化し過ぎてる現状に悲しくなった(x_x;)



それでも、海の見える場所で久しぶりにバスケットボールを触り、3on3をしたい願望が再燃!






ママとは色々な話をし、「この国の女性と結婚しなさい!」や「ここで働けばいいんじゃない?」とか、嬉しい言葉をもらった。


初日に同室だったインディアンガイのSが名古屋大卒で、現在はオーストリアのビエナ在住のバイオロジー研究者と聞き、しかもヒンディー語と日本語、英語を使いこなし、現在はドイツ語を習得中との事から、良い刺激を受ける。


上海人のCはオランダ留学中で英語が堪能で、オランダ語を習得中だったりで、更なる刺激が追加されたw


とりあえず、英語での会話に参加できるレベルを目指すのが、現在の目標になった!


やはりボキャブラリーが足りないので、理解力と表現力に限界があると日々感じていたのが実情だから、多くのものを与えてくれたドブロブニクはまた戻りたい場所になった。










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サラエヴォ3日目の最終日。


PANSION CENTARの6人ドミ8€に滞在。





一昨日の早朝に街の中心から外れた場所に降ろされる。


自分以外に6人の外国人旅行者。


ただし、そのうちの2人の女性達はボスニア語を話せるようなので、セルビア人、もしくは周辺の国の人なのかもしれないが、一人は英語を話し、街の中心への行き方などを確認した上で、一緒に行こうと他の旅行者達に声を掛けてくれた。


他にはバスの中で席が前だった日本人のカップルと韓国人の若者2人。


確認した結果、やはり街外れの為、ローカルバス乗り場まで歩かなくてはならず、その上、ATMが見当たらずにバス代がない。


日本人のカップルは少しだけ現地通貨に両替済みとの事で、バス代1.8KMを貸してもらえることになり、いざバスに乗り込む際、韓国人2人はまだ外にいたので、2人の分のバス代も貸してあげられないか訊ねると、2人は了承してくれ、みな街の中心まで辿り着いた。


少し歩くと橋が見え、それが有名なラテン橋だと分かり、多少の位置関係を理解できた。


とりあえず、自分の目指す宿はバスターミナルと中央駅から近いと確認済みだったので、その途中でATMから現金を引き出し、バス代を返そうと考えていたが、日本人のカップルは川沿いを右の方へ行ったホステルを予約している為、そこで分かれることになった。


最初からバス代はいいと言ってくれてはいたが、また街中で再会した時にでも返せればと思いつつ、結局、小さい街での再会は果たせず、3人分3€を借りたままになってしまった。


日本の生活や短期旅行では3€程度は安いものかもしれないが、長旅になると3€程度のお金でも、物価の安い国では色々できたりするし、金の使い方の重要性を身に沁みて感じられる。




日本人のカップルと別れ、韓国人の2人と駅を目指すが、地図上では約1Km弱との認識で歩くも、体感ではそれ以上に感じられ、荷物の重さが一番の原因ではあるが、何とか駅に辿り着いた。


韓国人2人と共に電車及びバスのタイムスケジュールと値段を確認し、再び宿探しを始めたが、この時すでに2人は予約しているペンションが駅とは真逆であったことに気付いており、ただただ同情しつつ、すぐに駅周辺で宿探しをするつもりだった。


駅を出てすぐ、「Where are you from?」とナベアツ(元世界の)似のHに声を掛ける中年男性。


間違いなくアジア人。


Hが「韓国です。」と答えてすぐ、もう一人のJを交え、ハングル語で会話が始まった。


おそらく、こちらで働く韓国人ビジネスマン?だと思われるが、会話が終わり、彼らは車で宿まで送ってもらえることになったとの事で、『それじゃ、また!』と挨拶をし、歩き出そうかとした時、韓国人のおっちゃんが「君も一緒に乗っていきなさい。」と言ってくれ、遠慮しつつも、同乗させてもらうことにした。


車の中ではハングル語での会話が続き、どう見ても運転手らしきヨーロッパ人のおっちゃんに指示をする、韓国人のおっちゃんの様子から、ただのビジネスマンではなく、経営者的な立場だと感じた。


途中でペンションのオーナーの車に乗り換え、その車中、先ほどの人物について聞いたところ、自動車販売(主に中古販売?)で成功し、今では周辺国でもビジネス展開している社長との事、それからすぐ宿に辿り着いた。




ドミでベッドを確保し、まだ9時半ぐらいだったので、しばしの休息。


そこへドミの先客が戻ってきたが、昨日から1泊したものの、他のホステルへ移るとの事。


彼はナポリ在住のエンジニアでマレーシア出身、ドミでアジア人だけというのは珍しい(日本人宿など特定の宿を除いて)。


ちょっと話し、12時位くらいに昼飯を食べに行く約束をし、その前に現地通貨調達と軽い散策をし、それから昼飯へ。


マレーシアンガイがお薦めだという店に行き、周辺諸国で朝食の定番なパイ料理のファストフード店でランチ。


その後、旧市街を簡単に散策し、移った先の5€ドミを見せてもらうも、3段ベッド7台21人ドミは値段相応だと納得w


そこで別れ、一人でブラブラ歩きつつ、市場調査。


スーパーと青果市場を発見し、晩飯用に玉ねぎやズッキーニなどの野菜を2Kgを3KM買い、水5Lを1KMで購入し、宿に戻り休息。




19時半ぐらいに人の気配で目覚めると、コリアンガイズが戻ってきていた。


呑む約束をしていたが、ランチの時間が遅く、今すぐ呑みたいという雰囲気ではなかったので、しばらく話してから、スーパーへ。


土曜日ということもあり、水を買ったスーパーは閉まっていたが、すぐ近くのスーパーはまだ開いていたので、ビールと食材を調達し、宿に戻る。


そこから、Hがコチュジャンを使った韓国料理を作り、俺はズッキーニとパプリカで浅漬け、それに玉ねぎを加えた簡単な野菜炒めの2品を作った。


そして、呑みながら片言の英語でも、其々の文化の違いから深い話しまで、それなりに会話も成立し楽しめた。


まあ2人は大学生で若く、上の世代の考えとは違うから柔軟性があるのかもしれない。


色々と問題を抱える両国だが、揉める原因を作ってるのは一部の権力者達な気がする。





2日目、コリアンガイズのJから悲しいお知らせ。


ベッドバグにやられ、明らかに凹んでいるのを見て、経験者として心から同情。


昼過ぎまでダラダラと宿で過ごし、14時過ぎに軽く観光しつつ、バスターミナルへ。


やはり旧市街の街並みが一番面白く感じつつ、そこから川沿いをずっと歩き、大通りに出た場所にある教会付近のバス停の椅子に座り、一休み。


隣に座っている老人の視線を感じ、『ドーバル・ダン!』と挨拶。


老人は笑顔で「ドーバル・ダン。○△□*+~。」『ネ・ラズミィエム。』「○△□*+~。」『もしかして何処から来たのか聞いていますか?日本人です。』「おぉ、にほんじんか!Good!広島、ボンッ。」となぜかジェスチャー付で原爆の事を伝えてきた。


以前も同じシチュエーションがあったけど、たぶん、原爆や戦争はろくでもないと言いたいのだろうと、そのような単語と共にゼスチャーをすると、うなずく様な仕草と何かを言っている。


そのタイミングで教会の鐘が鳴り、俺が教会を見上げると、老人は「教会の鐘が鳴っとる。」と言い、続いてモスクからアザーンが流れ始め、『今度はアザーンかー。』と言ったら、老人が「お前知っとるのか?」といった感じで何か言ってるので、『宗教は何ですか?』と聞いても通じず、『アッサラーム・アレイコム!』と言ってみたら、「アレイコム・サラーム。」と満面の笑みで返してくれ、更に「○△□*+~。」と何かを伝えようとしてくれたが、残念ながら分からずも、老人は嬉しそうにタクシーに乗り去って行った。


それから、バスターミナルへ向かい、翌日22:30発のナイトバスチケットを購入。




その日の夜、オーナーが来て宿代の徴収を始めた。


最初から「何泊するんだ?」と聞かれ、『今は考え中だからと待って下さい。』とは言っておいたが、また聞かれ、小さな街で特に長居する理由もないので、『2泊する。』と伝え、『1泊8€は知ってるけど、マルク換算でいくらですか?』と訊ねたが、「知らない。」と言われ、『1泊分払えばいいですか?』と聞くも、スルーされて他の滞在者と話し始める。


この時点で、先に話している客を置き去りにするシチュエーションは2度目で、バス会社のチケットを買う際にも、話の途中で別の客の対応をされていたので、またかと心の中で苛立っていた。


面倒になり話しを終えたところで、『1泊8€で1€が約2マルクだから、16マルクですよね?』、オーナーは黙って受け取るので、『領収書下さい。』と言ったが、「領収書はない。」との事。


それからしばらくして、オーナーがすごい剣幕で現れ、「2泊するのに16マルクしか払ってないだろ?!」、こちらは急なことで意味も分からないので、『ごめん、ごめん。俺はレートが分からんし、まあ呑んでたし、勘弁してくれ!』、「別に今すぐ出て行ってもらってもかまわん!」、『だから、悪かったから、いくらなの?』「27マルクだ!」『あっそう、不足分払えばいいんですね?』と不足分を支払い解決したが、自分がちゃんと対応せず、それを客のせいにするのは終わってるw





そして、本日最終日。


オーナーの性格を考え、しっかりとチェックアウト時間に間に合わせようとしたが、何処にいるのか分からず、ドミへ行って聞いてみても誰も知らず、1階にあるもうひとつのドアをノックしてみると奥さんらしき女性が現れ、『チェックアウトお願いします。あと鍵をお返しします。』「はい。ありがとう。」とまともなやり取りができたので、『バスの時間が22:30なので、リビングで待たせて下さい。』「いいわよ。」と確認が取れたが、英語はあまり話せないとの言葉通り、苦手そうだったのでちと不安になる。

その後、鍵を返してしまったので玄関が開けられない為、ずっとリビングで過ごし、夕方、オーナーが現れ、「予定はどうなっているんだ?」『今夜22:30のバスに乗る予定で時間があるから、ここで待たせて下さい。』「・・・。」、快く「OK!」との言葉はなく、不満そうに立ち去る。


こんな不快な経験は初めて( ̄ー ̄;


奥さんは良い人なのに、旦那は偏屈者なパターンですか?w


夕方、コリアンガイズから1時間だけ鍵を借り、夕食を軽く食って、更にパイとビール、プラムを購入し、宿に戻って時間を潰す。


そして、気にせずに現在まで居座るw


さて、そろそろ現地時間21:00になるので、バスターミナルへ向かう準備をしなくては。









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一昨日23:59発のナイトバスで、6時半過ぎにはベオグラードに着いた。


ただし、出発前にちょっとした事件。


俺は問題なくだけど、同行者のBは宿を出てからバスのチケットがないと大慌て。。。


バスターミナルまで行く途中で、ハーパンのポケットからサブバックの中まで調べたが、チケットは見つからず。


バスの出発時間も迫っているので、バスターミナルへ行こうと促す。




時刻はすでに23:47。


チケットを買ったバス会社のオフィスを遠めから見ると、まだ明かりが\(゜□゜)/


Bと走る。


オフィスには発券してくれたおばちゃんがまだいた!


とりあえず、Bが事情説明をし始めるが、俺には2人の会話の内容が分からない。


Bに笑顔はなく、勿論、おばちゃんの表情は険しい。


しかし、おばちゃんに動きがあり、交渉がうまく行った感じ。


Bに『OKなのか?』「・・・。」『チケット再発券してくれるの?』「ああ、大丈夫。」とはっきりとした状況が分からず、リミットが迫って焦る。


そこで発券機の音と共にチケットが出てきて、一安心。


Bは「俺は馬鹿だ。どうかしてる。・・・。」


『誰でも失敗するから、問題ないし、何とかなったんだから気にするなよ。』と言うしかない状況。


ガタイが良いわりに気の良いマイペースなB、憎めません。





べオグラに着いてから、セルビアンのBはフェスに行くとの事で、このまま直行なのかと思いきや、2・3日滞在するらしく、『宿は決まってるの?』「いや。宿は決まってるのか?」『今は決めてないけど、俺はガイドブックに載ってる安宿に行こうと思う。』「そうか、いくらだ?」『確かドミで12€だったと思う。』「12€?」、ちょっと微妙な表情をしつつ「地図がないから、ホステルの場所が分からないな。」『ガイドブックにあるけど。』「見せてみろ。」的なやり取りをし、結局、Bはノープランだったらしく、Bのアテンドでホステルに辿り着いた。


そして、マンガホステル8人ドミ15€で寝床を確保。


チェックインまで時間があるので、どうしようかと考えてところに、「何か予定はある?」『特にないよ。』「とりあえず、シムカードが必要だし、腹が減ってるから出掛けようと思うけど。」『俺もATMに行かないと金ないから、一緒に行ってもいいかい?』「もちろん。」、荷物を預けて散策開始。


Bさん、べオグラに以前も来た事があるので、スタッフに多少の説明を受けただけで、地図要らずの観光案内がスタート!


軽く朝飯を食って、そのまま観光案内をしてくれたようで、大きな公園に行き、ドナウとサヴァ2つの川が交わるのを見られる場所を教えてくれた。


その後、街をブラブラしつつ宿へ戻り、チェックイン。


ベッドを確保し、日中は暑いので、そのまま就寝ぐぅぐぅ






夕方目覚め、PCをいじくりつつ、今後の予定を考える。


床屋に行くと言ってたBも昼寝をしてたらしく、上段のベッドから降りてきた。


『モーニング!』「Hi!」『Did you good sleep?』「よく寝れたよ。そう言えば、今夜の予定はあるの?」『特にないけど。』「俺はサッカーの試合を観に行くよ。」『おぉ、良いじゃん!俺も観に行きたいわ。』「じゃ、一緒に行く?」『もちろん!』てな感じで、試合へGo!


晩飯を食ってリチャージ完了!


バスに乗り込んでテンション上げようとした瞬間、酔っ払ったセルビアンガイが空の瓶片手に話しかけながら練り歩き始める。


周囲は引きつつ、機嫌を損ねないような対応、兄ちゃん上機嫌でバスの窓を開け涼み始めるが、すぐに周囲に話しかけつつドアの前を陣取りご機嫌なので、周囲は状況を見守る感じなまま、次のバス停でドアが開いた瞬間、空の瓶を外へ投げ捨てる、周りはドン引き、俺はおもわず笑ってしまう、Bは苦笑い。


バスはスタジアム前で停車し、その流れに乗ってスタジアムへ。


多数のポリスが厳戒態勢、ファンは歌いながら練り歩く、明らかに日本とは違う空気。


Bはチケットを求め、チケットブースを探してるらしいが、2・3度訊ねるだけでブースは見つからず、ダフ屋に声を掛けられ、「800DINだけど、どう?」、一応、値段はBに確認済みではあるものの、『0.00DINって、どういうこと?』と心の中で呟きつつ、『ブースは何処?』「・・・、たぶんあっちだと思う。」『じゃ、行こうぜ!』、明らかにBはやる気なし、『ポリスに聞いてみる?』「・・・。」、でポリスに聞くも、やはり持ち場は離れられずw


結局、チケットが手に入らないままゲーム開始時間が迫り、Bは焦ってダフ屋と話し始める。


「800DINだけど、どうかな?」と先ほど聞いた台詞で、まあしょうがないかと『いいんじゃない。』と返した早々、Bは800を支払うが、私は『ディスカウントしてよ。』とダフ屋に問うてみる、勿論《???》、『とりあえず、これでいいでしょ?』と700DINを渡すと、《・・・?》、一人のダフ屋が金を持ってその場を立ち去る、<お前達何をしてる?>とポリス登場で空気が変わるが、《・・・。》<これはただ券だけど、いくら払った?>『800DINです。』<そうか。>、ポリスはもう一人のダフ屋を連れて消え去る、「とりあえず、入場しようぜ!?」『OK!』、まあしょっぴかれなければ問題なしw


試合はアウェイチームが先制点を決め、1人の退場者を出しつつ、ホームチームがイージーミス連発で終了(終了前に退散)した模様。


そのまま、フーリガンともめる事もなく、無事に帰宅w






そして本日、電話で友達と連絡が取れ、Bはフェスへ、俺は宿を探し、シャインホステル6人ドミ9€に滞在中。


キッチンで焼いたズッキーニとプラムをアテに2Lペットビアをダラダラと呑みながら、日記を綴る。



今朝、宿探しをしている途中で写真を撮っていたら、おばちゃんが話しかけてきて「○△□*+~。」『ドーバル・デン!』「ドーバル・デン!○△□*+~。」『・・・、ネ・ラズビラムw』「○△□*+~w」、なにやら「私の写真も撮ってくれるかしら?」と言ってるらしく、被写体に並び立ったので、写真を撮って画像を見せると、めっちゃ笑顔で「○△□*+~。」『ごめん、何言ってるか分からんけど、ファラ!』「ファラ!」と笑顔で別れる。


その後も、宿が見つからずに地図とにらめっこをしていると、「Can i help you?」と声を掛けられ、『この住所のホステル探してるんだけどさ。』「この近くらしいけど、う~ん。」『近くなのは分かるんだけど・・・』「あそこが20番地だから、この通り沿いであっちを探せばあるはずよ!」『あそこが20番地、この住所は12番地だから、確かにあっちだね。ファラ!』「You are welcome!」なやり取りがあって、分かり辛い立地のホステルを見つけた。




やっぱ旅は観光地巡りメインと言うより、現地の人と会話になってない会話でも、笑顔で話せる事が何よりも楽しいo(^▽^)o


セルビアの首都べオグラはこれまでの東欧の首都に比べてかなり大きいものの、人々は親切でええ感じだし、もう少し長居したいくらい。


でも、明日は別の国へ行く予定。

まあバスのチケットが確保できたらだけどwww


東欧は物価安くて、ビールが安いから最高!

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マケドニアのスコピエ4日目で最終日。


アートホステル10人ドミ8€に3泊し、全く観光もせずに飲み続けた。






早朝、5時半くらいにバスターミナルと違う場所で降ろされ、重い荷物を背負っての過酷な宿探し開始!


案の定、道を訊ねる人間を見つけるだけで苦労し、探しているホステルと全く逆の方向を彷徨い、無駄な時間と労力を使いグッタリしつつ、最初の大通りまで戻り、親切な女性に出会い途中まで案内してもらって

、何とかホステルへの道筋を理解した。


ショッピングセンターの横を歩き、泥になっている部分に気付かず、足を取られ転倒し、泥だらけにorz


そこへ「大丈夫ですか?」と日本人の若者が現れ、ちょっと会話をし、ついでに泊まる予定のホステルを紹介してもらうことにした。


ホステルの前まで行くと別の日本人の若者が座って待っていた。


彼らはアルバニアのティラナで知り合い、別のバスでスコピエに来たようだ。


最初に出会った若者はシャンティホステル2を予約済みとの事だが、場所が分からず、シャンティで場所を聞く為、門のしまったホステル前で待つしかない状態で、もう一人と自分は泊まれるかどうかの確認が必要だった。




結局、2人分のベッドの空きはなく、近くのアートホステルを紹介された。


チェックインまで多少待たされたが、寝床を確保し、其々が落ち着いたところで、Kと一緒にシャンティ2へ。


Yはすでに2Lビアをホステルの庭先のテーブルに置き、他の旅行者と会話しながら飲んでいた。


23歳の2人の若者はティラナで出会ってから、毎日、朝から飲んでるとの事。


3人で2Lボトルをあっという間に空けるw


『酒好きに悪い奴はいない!』と思いつつ、ショッピングセンターへ酒と食料の買出し。


2Lボトル3本を空けた後、宿に戻って昼寝。




夕方、またシャンティ2に顔を出し、3人で酒と食材を調達する為、再びショッピングセンターを訪れる。


ビールと野菜を買い込み、シャンティのキッチンで調理をし、別の日本人旅行者Aさんも合流し、外で久しぶりの日本人飲み会ヾ(@°▽°@)ノ


若い2人に乗せられ、世代間を超えた下ネタ全開の笑いの絶えないしょうもない話の連続で、改めて日本人のユーモアセンスというか、表現能力、伝達能力の高さを感じた。






2日目、朝食を食べた後、ダラダラしつつ、11時くらいにKとシャンティ2へ。


Yは他の旅行者と話しながら、軽く飲んでいた。


近くの商店で2Lビア2本を調達し、まずは他の旅行者と交流。


夜、アートホステルで飲む為の許可と約束をスタッフに取り付けたので、軽く飲んでから、3人でショッピングセンターまで買出し。


ビール2L3本に白ワイン1本、その他に大量の食材を買い、総額約1,600デナリ。


2Lビア1本と昨日の食材の残りをシャンティからピックアップし、宿に戻る。




夕方になって調理を開始し、最初に炒めたズッキーニをつまみながら飲みつつ、調理を続けて日本食を含め、五品完成。


外のソファースペースにセッティングし、パーティ開始。


でも、その日は他の滞在者が少なく、更にみな外出中な感じで参加者は日本人3人+スタッフの女の子のみ。


2時間くらい経過し、明らかに作り過ぎたと実感。


しかし、12時くらいまでゆっくりと飲みながら、酒は空。


その間、帰ってきた旅人達が数人加わり、ゆるい空気感を変えた若者2人w


他の国々の人達に日本人は面白くてクレイジーだと記憶されたことでしょうグッド!







3日目、Yが夜行列車で他の国へ行く為、昼ぐらいにシャンティ2へ行き、軽く飲む。


そして、晩飯をどうするか考えた結果、リゾットに決定!


それから酒と食材を調達するため、いつものショッピングセンターへ。


Yは準備の為、宿へ戻って、18時半ぐらいにアートに来るとの事。


それに合わせ、今回は俺がメインで調理しつつ、Kがサポート。


何とか時間に間に合わせ、スタッフの女の子と4人でディナー。


Yを見送った後、Kと2階のテラスで飲みながら、色々と話す。


その後、1階に戻り、他の旅行者達と交流。


そこから昨日とはまた違ったノリの馬鹿な日本人2人のショー開始!


皆を笑かして、疲れての就寝。







そして本日、Kも去り。


俺も23:59発のナイトバスで新たな国へ!


ブログを書いてる今、ホステルは静寂に包まれている。


最高に馬鹿でどうしようもない若い奴らのお陰で、最高な時間を過ごせたグッド!


バカなノリが好きでも、実は賢い2人の今後が楽しみだったりするw









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全く計画になかったアルバニアのティラナ3日目の最終日。


ここでも、微妙に良いこと悪いことが繰り返している感じ(-。-;)


ただ、体の疲れは蓄積されたまま、暑さでだるい日々。






テッサロニキからのナイトバスは国境越えで2時間ほど掛かったものの、問題なくアルバニア入りし、午前3時にパーキングエリアにより、そこでちょっと長めの食事休憩。


勿論、予想もしなかったことなので、アルバニアの通貨など持ち合わせておらず、しかし、皆が食事をしているのを見れば、やはり小腹が空いているというより腹が減ったという感覚になるのは、人として自然なこと。


さてどうしたものかとバスの席が隣の兄ちゃんに『いくら?』と英語で問うてみる、「・・・。」、仕方がないのでアルバニア語で『いくら?』と聞き直すも、「おいおい、いくら?だってよ!1€か2€だ。」と周囲にアピールしつつ返してきたので、こいつは明らかに小馬鹿にした態度で話にならんと別の英語のできる若者に『いくら?』と聞いてみるが、こちらの青年も「1€か2€だよ。」と同じ答えが返ってきた。


やはり見た目とそれ以前の振る舞いから、人柄の良い青年だと感じていたので、さらに『ユーロで支払いできるかな?』と訊ねてみたが、ちょっと戸惑いつつ「何か食べたい?」と聞くので、これは支払い不可なのだろうと想像はしたが、まあ多少レートが悪くても立て替えてもらえるならと『ピラウはいくら?ユーロはあるんだけどさ。』とアピールすると、「わかった!それじゃ、一緒に頼んであげるよ!」と迷いのない返事が返ってきたので一安心。


注文後、運ばれてきたピラウを平らげ、青年が一緒に支払いを済ませてくれたので、『いくらだった?』と聞くが、「いいよ。」と言った感じの返答。


『1€?それとも2€?』と聞き直すと、「2€。」と言ったので、それじゃと2€のコインを差し出すと、『大丈夫だから、俺のおごりだよ。』と受け取る意思すら示さず、その言葉に甘え『ありがとう!』とアルバニア語で感謝の気持ちを伝えた。


本当はその青年と色々と話をしたかったが、隣の席の兄ちゃんの手前というか、ちょっと面倒くさそうなタイプだったので、余計な気を遣う。


まあ同乗しているバスには外国人が俺しかいないようだったので、見世物パンダの存在が余計なことをすると迷惑を掛ける可能性が大きいのは確か。


でも、青年の名前を紙に書いてもらい、自分の名前とe-mailアドレス書いたメモを渡し、今後、何かしらの形でやり取りができるのなら、良い巡り会わせなのだと思う。





7時半過ぎ、ここでもバスターミナルではない道端で降ろされたものの、ガイドブックの地図のお陰で問題なく目的地のホステル近くまで行けたが、しかし、どうもそれらしい看板もなく探していると、「ホステルを探しているのか?」と店から声を掛けられ、『ああ、そうだけど。』と返すと、「それじゃ、俺が案内してやる。」とおっさんが着いて来いという感じで歩くので、その後を突いていくと偉大のタクシーの前で止まり、運転席から一枚の紙を取り出して見せてきた。


『どういうこと?』と問うと、「別の場所へ引っ越したんだ。だから、このタクシーに乗りな。ここに書いてあるようにフリータクシーだから問題ない!」という言葉に多少の疑いを持ちつつ、『それじゃ、頼むわ!』と自分の嗅覚を信じ、タクシーに乗り込んだ。


その約5分後、細い路地を進み、ホステルに到着。



まだ8時ちょい過ぎなので、チェックインまでロビーの椅子に座って待ちながら、浅い眠りへ。


スタッフに起こされ、10時半ぐらいにティラナバックパッカーズホステル6人ドミ12€チェックイン。


荷物を置いてレセプションへ行き、簡単な説明を受けた後、「腹は減ってる?」『ああ、何か食べたいけど。』「朝食はフリーだから。」『さっき言ってたよね。明日の朝食から宿代に込みでしょ?』「いやいや、今日の朝食もフリーだから、もし食べたければどうぞ。」『マジで?それなら何か食べさせて!』と言うと、キッチンへ案内され、揚げパンとチーズにコーヒーの簡単な朝食をいただく。




その後、簡単な用意をし、一眼を持って街を散策。


とりあえず、ツーリストインフォメーションを探すが、ガイドブックで示された場所にはなく、次の目的地のバスを調べることにした。


ツアー会社へ行き、バスの時間と値段を確認。


ちょっと歩き回っただけで汗だく。


昼間は暑過ぎるので、一旦宿へ戻り休息。




夕方、再び散策へ。


写真を撮っていると老人に声を掛けられる。


何を言っているか理解できなかったが、「何処から来た?」もしくは「何人だ?」みたいな質問らしく、『日本人です。』と答えた瞬間、老人の顔は笑顔になり、アルバニア語と片言の英語で何とか会話を試みる。


所々理解できる英単語と動作で言っていることを推測。


老人がモスクを指差すので、『あなたはイスラム教徒ですか?』「・・・、ラマザン。」『ムスリム?』「ああ、そうだ。」『アッサラーム・アレイコム!』「アレイコム・サラーム!何だお前アラビア語できるのか?」『挨拶だけw』のようなやり取りから、老人が着いて来いとガイドをしてくれた。


モスクに入り、他の人達にも挨拶をしただけで、皆が笑顔になり、老人も嬉しそうになにやら話している。


「このモスクは古くて、全てオリジナルだ!」『おお、それはすごい!』「フレスコ画素晴らしいだろ!?」・・・・・、みたいなやり取り。


それから、また別の人物を紹介され、老人がなにやら話すと、そのおっちゃんが「私は大学で講師をしています。」と言い、老人との通訳をしてくれた。


そして、「何処にいても貴方は護られるでしょう。」と有難い言葉をもらう。


モスクを後にし、老人はまだ何かを見せたいらしく、一緒に歩いていると「何か食べるか?」とパイやピザを指差し、英語で『大丈夫だよ。』と言うが通じず、「いいからどれか選びなさい!」と言った感じの雰囲気で俺に語りかけてくるので、『それじゃ、これを。』とピザを指差し、なんだか祖父と孫みたいなやり取りをし、ピザを買ってもらった。


そこから少し歩いて、イスラム関係の建造物の一部らしいものを見せてくれ、そこからまたモスクの方へ歩き、老人はまたモスクに行くらしく、そこでお礼を言い別れた。



その日の晩、また悪夢が訪れる。


6人ドミはフルらしく、他の人間が戻る前にシャワーを浴び、23時過ぎには寝る準備をし、0時過ぎには就寝していたが、1時ぐらいに下のベッドの住人が戻ってきたのか、とにかく、バタバタしているので目が覚め、冷房の使えない状態のドミは異様な暑さですぐに眠れずにいると、静かになったはずの下のベッドから、怪物のような鼾が始まり、カッパドキアの悪夢が再来orz


他の4人も落ち着きなく寝返りを打ったりしているので、同じ状況なのだと確信。


明け方5時半にはドミを逃げ出し、ロビーへ。


そこで軽く寝て、スタッフが仕事を始めた音で目覚め、一旦、ドミに戻り様子を見るとモンスターの姿はなく、他のドミノ住人たちもおきていたので、『よく寝れた?』と訊ねたが、予想通りの苦笑い。


少しの時間話し、腹が減ったので朝食を取り、ついでにスタッフへ事情を伝え、部屋を変えてもらうことにした。


みんな鼾が酷くて眠れなかったはずだと思っていたが、イギリス人の兄ちゃんは蚊に何度も刺されて眠れなかったとの事。


この意味を次の日の明け方知ることになった。




とりあえず、2日目は初日に入れなかった教会に入ったり、ブラブラと街を散策。


そして、アルバニア料理を何か食べようとレストランへ行き、ミートボールのオーブン焼きを注文。


運ばれてきた料理を見て、これが伝統的なアルバニア料理?と感じたままに覚えのある味。


イタリアン風のトマトソースをシンプルテイストにしたというか、たまに作る簡単なトマトソースの味w


がっかりしつつも、プラムとビールを買い、変えてもらったドミのテラスで一人ゆっくり飲めたのは最高に贅沢な時間だった。




部屋を最上階の4人ドミ13€に変えてもらうと、そこには先客のイギリス人のおっちゃん。


彼は以前、福岡の大学に留学していたらしいが、今はもうほとんど日本語を話せず、ニューカッスルで留学生相手の英語の教師をしているとの事。


その日の夜、このおっちゃんもリトルモンスター級の鼾をかいていたが、問題は明け方になって気付く。


ビール2Lを飲んでほろ酔いのまま寝た為、明け方になって広範囲の痒みで異変に気付き、ライトでベッドの端から照らし、ベッドバグを発見(((( ;°Д°))))


2度目の被害のせいか、冷静に荷物をベッドから遠ざけ、荷物の確認。


その後、ロビーに行き、ナイトシフトのスタッフに報告するが、「蚊じゃないのか?刺されたところを掻かず、水で濡らしな。」とグラスに入った水をくれたはいいが、そのまま何の対応もなく消える。


仕方なく、ドミの前にある1人掛けソファーで2時間ほど寝る。





そして、本日最終日。


2日続けてちゃんと寝れず、朝食後、ロビーのソファーで午後まで就寝。


午後はバスのチケットを買いに行き、19時半のナイトバスで新たな国へ!