まったりブラヤンのサクサク日記-200905231525000.jpg

ロンブー司会の


THE BEST HOUSE~ベストハウス


の中で、感動秘話と共に紹介された


東藻琴の芝桜


ワタシは、あのナレーションの


感動を盛り上げる様な語り口調に、まんまと、やられ(苦笑…)


号泣しながら、涙で滲むブラウン管のピンク色を見つめました


早くに母親を亡くした


中鉢末吉さん(大正7年生まれ)は


母親代わりだったお姉ちゃんに貰った


一掴みの芝桜の苗を自分の庭で少しづつ増やしていったそうな


留辺蘂町から、東藻琴村(現~大空町)に運ばれた芝桜は


中鉢さんの真心こもったお世話により


着実に、増え続け


見事な、ミニ芝桜公園を自分の庭に作り上げたそうな

それを見た、村のお役人さんは、言ったとな


『こんな素晴らしいものを村だけのモノにしとくのは、もったいないっぺ!


ここは、ひとつ、、大々的に、芝桜を増やして村の観光に役立てて見たらどないだべぇ?!』


(勝手な想像で、中途半端な方言で、お送りしております…)


当時58歳だった中鉢さんは、離農して村の役人になり、本格的に山(丘)を開墾して芝桜を少しづつ増やして行ったそうな

その山との戦いは、大変な苦労の連続


木の伐採、土壌の開拓、雑草との戦い


毎年毎年の苦労が実を結び、ついに


今、ワタシ達が目を丸くして見学している


あの東藻琴芝桜公園になったというワケ(T_T)


あの壮大なスケールの、芝桜公園の約7割を


中鉢さん、一人で開墾して花畑に変えていったらしい

素晴らしい話では、ないか!


この話は、何回かアメブロの方に書いてますが(^^ゞ


そんだけ、心を奪われたって事です(T_T)


中鉢末吉さんの、あの芝桜公園作りの感動秘話は


東藻琴芝桜公園





中鉢末吉さんの名前で検索すると読めます


母を愛し、姉を愛し、花を愛した一人の男性の


生涯をかけた一大事業!!


芝桜の、花の一つ、一つに


中鉢さんの愛情があったからこそ


あんな素晴らしい景色を生み出せたのだと思います


東藻琴芝桜公園!!永遠なれ!


涙で桜色が滲むのは、仕方が無いよね(T_T)