ロンブー司会の
THE BEST HOUSE~ベストハウス
の中で、感動秘話と共に紹介された
東藻琴の芝桜
ワタシは、あのナレーションの
感動を盛り上げる様な語り口調に、まんまと、やられ(苦笑…)
号泣しながら、涙で滲むブラウン管のピンク色を見つめました
早くに母親を亡くした
中鉢末吉さん(大正7年生まれ)は
母親代わりだったお姉ちゃんに貰った
一掴みの芝桜の苗を自分の庭で少しづつ増やしていったそうな
留辺蘂町から、東藻琴村(現~大空町)に運ばれた芝桜は
中鉢さんの真心こもったお世話により
着実に、増え続け
見事な、ミニ芝桜公園を自分の庭に作り上げたそうな
それを見た、村のお役人さんは、言ったとな
『こんな素晴らしいものを村だけのモノにしとくのは、もったいないっぺ!
ここは、ひとつ、、大々的に、芝桜を増やして村の観光に役立てて見たらどないだべぇ?!』
(勝手な想像で、中途半端な方言で、お送りしております…)
当時58歳だった中鉢さんは、離農して村の役人になり、本格的に山(丘)を開墾して芝桜を少しづつ増やして行ったそうな
その山との戦いは、大変な苦労の連続
木の伐採、土壌の開拓、雑草との戦い
毎年毎年の苦労が実を結び、ついに
今、ワタシ達が目を丸くして見学している
あの東藻琴芝桜公園になったというワケ(T_T)
あの壮大なスケールの、芝桜公園の約7割を
中鉢さん、一人で開墾して花畑に変えていったらしい
素晴らしい話では、ないか!
この話は、何回かアメブロの方に書いてますが(^^ゞ
そんだけ、心を奪われたって事です(T_T)
中鉢末吉さんの、あの芝桜公園作りの感動秘話は
東藻琴芝桜公園
か
中鉢末吉さんの名前で検索すると読めます
母を愛し、姉を愛し、花を愛した一人の男性の
生涯をかけた一大事業!!
芝桜の、花の一つ、一つに
中鉢さんの愛情があったからこそ
あんな素晴らしい景色を生み出せたのだと思います
東藻琴芝桜公園!!永遠なれ!
涙で桜色が滲むのは、仕方が無いよね(T_T)