「今日がお前の就職試験だ!」

 恩師にそう言われ、レースに臨んだことがある。
冗談ではなく、本当だ。当時私は学生。全国的な大会で決勝に残り始めた最初の年であるとともに、学生としては最後の年、競技を継続するために結果を出す必要があった。

 それで冒頭の言葉。ある全国的な大会当日の朝であった。場所は函館。初めて訪れた競技場で、この大会以降は一度も足を踏み入れていない。

 相手は同じ種目の格上だ。1つ年下の選手だった。私は学生であるが大学院生。相手は既に社会人であった。もちろん、競技で勝ち取った就職で、実質プロアスリートだった。経歴も華々しい。高校・大学とタイトル総なめ。将来はオリンピックの日本代表になるような、将来性のある選手だった。学生日本一となり、ある県のとある会社に選手として就職していた。

 相手は格上だが、社会人1年目ということもあり、環境の変化もあってか本調子というわけではない。それでも実力は相当なものだった。
 対する私も上り調子。レベルが高いわけではないが試合に出る度に実力が増し、自信もついていった。だから、いま振り返るとプレッシャーのかかるような言葉かけだが、その時はそれ以上の自信があった。結果は果たして。

 今は指導をする側に回っている。初心者レベルからカテゴリー日本上位のレベルまで指導させてもらっている。主に、中・高校生くらいの年代が多い。たまに大人の選手にも関わる。また、自分が現役だった頃は周りは日本代表クラスばかりであり、それも含めて考えるが、自分の就職がかかっている試合で、そのレースで将来が決まるのだと言われて、動揺しない人間はそう多くないような気がしているが、どうなんだろうか。調子が良ければ、やはりなんとも感じないのだろうか。少なくとも、中学生や高校生に、これと同等なことを言って力にできそうな生徒には今の所巡り合っていない。

 勝負は私の勝ちだった。正確にいうと、相手は調子が掴めず、レースの流れに乗れなかった。私は自己新。その大会はオリンピックに出るための最後の選考レースで、当時の私にはオリンピックは遠い世界だったが、貴重な経験を積むことができた。

 その後の私は紆余曲折あり、翌年は就職というよりアルバイトのような生活であったが、そのさらに翌年にはスポンサーがつき、プロ的な生活をできるようになった。アルバイトのような生活をしていたその年の結果が良く、運よくそうなったわけだ。その結果とこの函館での経験はつながっている。格上を倒したことが、大きな自信をもたらしてくれた。

 文の最後に少し横道に逸れるが常々思うことがある。
 格上に勝つことは実力を高める。勝つこと自体に価値はなく、勝ったときに個性は出ない。勝てば誰でも機嫌が良い。誰でも、やろうと思えば礼儀正しくできる。逆に、負けたときにどんな言葉を口にするか、行動するかで、その後のその人間の成長が読める。それでも、勝つことが価値をもつときがあり、それは格上に勝つということだ。

 この時の私は、その足掛かりを掴み始めた、まさにその瞬間だったのだ。