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稽古日誌

稽古日誌です。

身体意識と言えばこれ!とも言える代表選手がセンター・正中線と呼ばれる意識だ。
身体を垂直に貫き、上はどこまでも高く、下は地球の中心に向かって伸びていくのが良い。
これが身体のどこにあるのかという質問の回答はちょっと複雑だ。
基本は背骨か、そのちょっと前あたりにある。
個人的には会陰を通って背骨の表面をなぞるように上に登っていく感覚だ。
しかし、これは基本であって、センターは別に一つでなくてもよい。
センターの左右にもう一個ずつセンターがあってこの間で重心移動をするなんてこともよくやるし、
背骨を通り過ぎて背中側の空間にあったって良い。
大量のセンターが空間に並んでいてそれに飛び移るように移動していくというのもありなのだ。

このセンターの意識が何かと言えば、重力に対抗する意識だ。
重力に付き合う意識と言っても良いかもしれない。
二足歩行というなかなかのアクロバットを行っている僕たちは常に重力と付き合っている。
高度な身体の使い方をするには重力を感じ利用することが必要だ。
重力を感じるには緩む必要がある。
とにかくリラックスは大前提だ。

重力を感じたら、出来るだけ最低限の筋力で立ちたい。
そうした身体意識がセンターになっていく。

普段の稽古で、常に転がれるようにすると言っているが、これもセンターを使っている。
センター通りに重力に従って力を抜いているのだ。
身体意識とはどんなものなのか?

身体の意識とは言い得て妙であるが、基本的には意識、つまり情報空間に存在するものである。
だが、身体の使用方法に強く寄与し、体感を伴う物を指している。

抽象度で言えば肉体の一つ二つ上ぐらいの抽象度の物を指すことが多いのでは無いだろうか。
物事に対処するには抽象度を少し上げて見ると良いので、
身体意識の改善、変更は肉体の操作やトラブルと言ったものに対してかなりの即効性を持っている。

身体意識を扱うにはまず十分な緩み、脱力は必須になる。
情報空間を扱うには当然抽象度を上げていく必要があるからだ。
十分にリラックスし抽象空間へ臨場感を得られる状態になって初めて身体意識への臨場感が得られる。

逆に言えば身体の動きと連動した意識なので、体感として得やすい面もある。

自身の身体をしっかりと観察する指針として身体意識は良い道具である。
リラックスした状態を保って立つ、歩くということを日常化し消化した後に取り組むテーマを考えていたのですが、
ここは身体意識に目を向けるのが良いのではないでしょうか?

身体意識は高岡英夫が言い始めた言葉でその分類も面白いのですが、
あまりそこに囚われる事無く、ざっくりと取り組めると良いと思います。

身体意識は、正中線、センター、丹田などに代表されるような概念です。
例えば丹田。
武術では良く使う単語ですが、なんだかよくわからない物です。
丹田という臓器が存在しているわけではないですし、対応するものがあるわけでもありません。
ですが達人達は自身の肉体にあるかのような臨場感をもって存在します。
これは物理的には無いですが意識にはある、情報空間にはあるという事です。

もちろん丹田という意識が形成される身体的状態というものは存在しています。
そもそもその部位がゆるゆるに緩んでいるというのが大前提にあり緩んだ内蔵の重さなどが丹田の重さにつながってきます。
(緩んだ身体は重いんです)

脱力を進めると共により高度な身体の使い方をするためには身体意識が重要になってきます。
身体を観察しより繊細に動かして生きましょう!