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稽古日誌

稽古日誌です。

大学時代の友人達と忘年会をしてきました。

もう1年に何回もあうわけでも無いのですが未だに付き合いが続いているのはありがたいことです。

そして久しぶりに徹カラに行ってしまいました(笑)

大学生のときみたいな遊び方です。

次の日が空いていたというのもあるのですが、これには場という考え方が重要になってきます。

大学時代の友人達と共有している情報場にアクセスしていたので、行動もそれに準じたものになったということですね。

情報があって物理があるという順番で、普段しない(でも当時はしていた)ことを当たり前のようにやってしまうということです。

これは過去から続いている情報場ですが、未来から続いている情報場も当然あります。

そこにアクセスすると行動は当然変わって今やっていないことをやり始めるということです。

未知の情報場を常に探して生きましょう!

先週は様々な出来事が起こったのでなかなか身体にきております。

今週はやっと一息つけるというところなのですが、体調を崩しても面白く無いのであまり暴れずじっと自己治癒に励んでおります。

昔は力を出そうと頑張っていたのですが、最近は力が湧いてくるように整えていくという感じになってきました。

何事もやってやろうと力んでも思ったより上手く行かず、ふっと力を抜いた瞬間にこそ必要な力が出てくるものです。

 

しかし、水の中で溺れたら、暴れて暴れて暴れる力が無くなったらすーっと水面に浮かんでくるように、

とりあえず力尽きるまで暴れて暴れる力は使い果たしてしまうというのでもいいのではと思うのです。

応援団がまずは喉を枯らしてから、声が出なくなってから発声の練習をしていたように(今はどうかはしりませんが)

手応えがほしいうちはそれを求めても良いと思います。

しかし手応えは力のロスだということに気がついたら、手応えが無いのが良い手応えという感覚がわかってきます(^^)

今週も先週と同じタイトル、続きと言っては微妙ですが。

前回は筒のようにホースのように身体を使うという話でした。

今回は身体はそもそも筒状であるという話。

身体を一つの塊と見た時にその真中には穴が開いているというお話です。

口から始まって食道や胃などを通過して最後は肛門から出るということです。

ポイントは入れたら出すということ。

必要なものは吸収していらないものなどは出していきます。

入れ過ぎたらホースが破けますし、途中でせき止めても同じようなことになります。

適量を入れて出すというサイクル、流れをせき止めないというのが重要です。

もし破けたらどうなるかといえば、血液に適切なフィルタリングを受けてないものが直接入り込むということです。

あまり健康的とは言えませんね(笑)

腸内環境を改善するとそれだけで全体の調子がよくなったりします。

身体の繋がりを感じられるのでおすすめです。