だだ漏れ(笑)
ある日の夜、夫がタバコを吸いに外にでた。
戻ってくるとき、外から、開いていた窓をそっと閉める。
そして部屋に戻って一言。
「おかあと○○(娘)の笑い声がだだ漏れ。」
笑い声でよかった・・・・(笑)
意見が違う人がいるということ
こんにちは、カアサンです。
毎日暑いですね~。最近は、常温の温泉水を飲むようにしています。
なんだがちょっと、体のナカミがきれいになってきたような気がします(笑)
唐突ですが、意見が違う人が日常的に身近にいるってどんな感じがしますか?
うちには、意見の違う人がごろごろいます(笑)
子どもが小さいときには全然そんなこと考えてもいなかったのですが、子どもが大きくなってくると、それぞれ違う見方をして、それぞれ違う意見をもっていることが浮き彫りになってきます。
そう、たぶん、子どものときから、違う意見を持っていたのだと思うのですが、あまり表面化してなかったのかもしれません。
カアちゃんに逆らわんほうがよろしいとか思ってたのかも(笑)
中高生のいわゆる反抗期、思春期になってくると、迷ったり、自分の変化にとまどいながらも、それぞれきっと自分の見方を身につけていくんだろうな~と思います。
たぶん、そのベースには、親や、先生や、そのほか周りの人や環境からの価値観なんかがあるのかもと思います。自分の経験とかもね。
そのベースを時には確認し、時には打ち破りながら、それぞれの見方、感じ方、価値観なんかをちょっとずつ作っていくのかも、なんて思います。
そうして、我が家には、いわゆる思春期をちょっとすぎた子や、只今真っ只中の子がいるわけです(笑)
親2人を含め、子ども3人、それぞれ違う考え、意見を持っています。
(共通点もたくさんあるけれどね)
当たり前なんだけどね、忘れがち(笑)
身近なだけに、同じで当然とか、ひとつに決めなくちゃと思うと、しんどくなります。
だからね、なんか「あぁ~、ちがうよね~(汗)」みたいな感じで、受け入れたり、「そういう見方があるのね~。」みたいに、視点ガ増えてよかったわ。と思うようにしています。
しているけど、「それは違うんじゃない?」と思うこともありますです。
どっかで、「カアチャンのほうが長く生きてるんだし、正しいんじゃ。」と思いたくなることもあるしね(笑)
「違う」ということを受け入れるって、簡単にできる人には、なんてことないのかもしれないけど、できない人には、本当にむずかしいのかな~って思ったりもします。
違うって事に落ち着かなかったり、居心地が悪かったり。
そう感じてたのは、私だけかな~?(笑)
子どもたちが大きくなってきて、母は、こう思うということを話すときに、それぞれの意見を言ってくるようになって、「大きくなったなぁ~」って思います。
ちょっと寂しく思うこともあるけれど、頼もしいなって。
意見が違う、視点が違うということは、物事にあてるスポットライトの数がその分増えるということ。
そう思えば、身近に違う意見がいくつかあるという事はそう悪いことではないのかもしれません。
子どもが大きくなってきて、それとともになんとな~くだけど、成長させてもらっているわたしがいるとしたら、やっぱりそれは、子どもたちのおかけだと思うのです。(笑)
またもや、話がずれました。(笑)
そこそこしあわせ(笑)
しあわせなカアサン改め、鹿児島のカアサンです。
福岡に行ってみて、やっぱり何処の人かわかったほうがいいかなぁ~と思って、「鹿児島の」に変えてみました。(笑)
決して、しあわせじゃなくなったから、変えたのではないです~(笑)
いっつもそこそこしあわせです♪
たまにイライラしたり、嫌だなぁと思うこともあるけど、それはそれで、「生きてりゃそういうこともあるさね。」と思いつつ、日々過ごしています。
なんかね、良くわかんないけど、前みたいに、「何があるからしあわせ」とかそういう条件みたいなものが、すごく少なくなってきたように思います。
全然ないわけじゃないけどね。
しあわせな状態っていうの?
しあわせって、ぽっと出てくるものではなくて、なんとな~く、その辺に漂っているような気がします。
できない(やらない?)こともすごく多いし、夫や子どもには、きっと不満に思われることもあると思うんだけど(汗)、でも、なんとな~く私がしあわせだと、ほや~っとそういう雰囲気が、家族にも伝わる気がします。
まぁ、甘えすぎず、そこそこな感じでやっていこうと思います。
そんなわけで、そこそこしあわせな鹿児島のカアサン、長いから(笑)鹿児島のカアサン。
なんとなくどこぞの占い師みたいな名前になっちゃってるけど、これからもよろしくお願いいたします。
なんの記事やねん(笑)