「感じる」ことは、「觀」じることでもある | 武術家コーチhideの功夫な日々

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ライフワークとして修めている武術とプロコーチとしての日々から得られる対人関係、自己表現、心身相関、潜在能力の発揮といった学びを徒然に書き綴ります。
また、ワークショップとして開催しているバランスボール武術フィットネスについても紹介していきます。

こんにちは。
リセットコーチのhideです。ニコニコ

今日は、久々の本格的な雨で、既に足下も濡れてしまいました。ガーン

ただ、天気も回復してきたので、これから気を取り直していきたいですね。晴れ

さて、2つの「ミル」の違いと「周辺視」について、前回までにご紹介しました。

ここで出て来た「観る」というキーワードは、「ありのままに感じる」ということにも通じてきます。

「観る」ためには、異種の情報を同時に認識しなければならないということを、以前に書いたと思います。

しかし、人間の思考というのは、複数のものに対して、一時に集中することに向いていません。

なので、「観る」瞬間には、思考は止まっていきます。

そして、その瞬間に何が現れてくるのか?

『感じる心』が、現れてくるのです。

これが「ありのままに感じる心」であり、「観る」ことや、「聴く」ことにも通じるものだと思います。








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