「肯定する人間」
自分を肯定する人間は、ポジティブ。
他人を肯定する人間は、ポジティブ。
「否定する人間」
自分を否定する人間は、ネガティブ。
他人を否定する人間は、ネガティブ。
『あいつそうだぜ、絶対』
『そうじゃない?、多分』
と、他人を否定することで、自分を肯定する。
誹謗中傷は、ポジティブになりたいという訴えなのかもしれない。まともに生きたいという願いの裏返しなのかもしれない。今は、置かれている環境的に心的にその術しか用いられないのかもしれない。周りに自分を見てくれる人がいないと感じているからかもしれない。
他人の否定を受け入れ「自分が悪い」とすべてを肯定してしまう。理不尽な同調圧力に押し付けられ、人格がつぶれ歪んでいく様を、見ている・または見ていない。
言葉の圧力は、押しつぶしてしまう。その人の形を変えてしまう。逆も然りで、形を整えたり、心を強くする。
肯定したいから、否定する。
“でも肯定できない”から、否定する。
“何もできない”から、否定する。
“否定する”という選択肢しか残らないから、否定する。
肯定して「ありがとう」で終わるより、否定して「なんで!?」と返ってくるほうが、関わった明確な証明になる。より“自分を見てくれる”。
「いやいや否定じゃない。個人の意見だから」
否定は認めても反論は認めない。そんな主張ばかりで会話が成り立つわけがない。
主張を曲げる気はなくてもいいが、「主張」だったら前に出るべき。多様性・コンプラ・一般人など、時代や言葉や立場を盾に後方に引っ込めるのは、その主張が打たれ弱いことを意味していないだろうか。