「この壺を買うと、幸せになれますよ」
その業者は、この日に訪れますよと連絡をし、勝手に玄関まで入ってきて、その壺について丁寧に長々と説明するが、その説明は簡潔ではなく回りくどい。
「要はですねこの壺を買うと幸せになれます」的なことを主張する。こちらに需要がなくても、お構いなしで「いや、必要ですよ!」と、押し進めてくる。
必要かどうかはこちらが決める事ができるはずなのだが、それは出来ない。その業者はすべての家の鍵を持っていて、勝手に「売る」日程を決め、こちらの日々の生活のタイミングなどお構いなしに割入って、業者が推す製品を定期的に売りつける理不尽なサブスク。
その壺を買った人は、もしかしたら50%の確率でその対価で幸せを得るかもしれないが、残り50%はただお金を失うだけの可能性もなる。その業者は100%でお金が入るのに、買わされ方に確約はない。需要が無いとみたら「仮想の需要」を作ってまで売ろうとする。
すべての人の家の鍵を持ち・その人の家庭事情なんて顧みず・自分勝手なタイミングで訪問したあげく、相手が諦めて買うまで玄関で微動だにしない業者を責めず、日々の生活に戻るために諦めて買った人に対し(バカだな)(何してんだ)と責めるのはあんまりだ。
「いらないです」と言っても、「いりますよ」と言い返される。
そんな押し売りにあっている。
どれだけ突っぱねようと、生活に色んな「政品」が入ってくる。
押し売り業者は自分の声(主張)だけ通るように、相手の声(ボイス)に耳を貸さない。定期的に需要がない『政品』を買わされ、その業者にもきっと「いらない」と言う言葉は聞こえているはずで。それでも「いりますよ」と言い返す…その心情を心底知りたい。
「いらないです」
「いりますよ」
「いらない」
「いるかなと…」
「いらないです」
「いると思いますよ?」
色んな所で押し問答が起きている。
「わかった買うよ。その代わり次に、こんな商品持ってきてよ」
「あー…なるほどですね。いや…それはいらないと思いますよ」
そういう業者に付き纏われている。
「聞くだけ聞く」で、「聞き入れる」気がないなら、その声は頭に心にInしないVoiceではないだろうか。