ずっと同じ会社に勤めてその仕事をしている。
数年ごとに会社を転々とするが同じ仕事している。
その場所で咲くまで待、そこでは咲けずに飛び出す。
環境を変えずにその場所で続けることは、地に足をつけること、根を張ること、咲く確率は高い。
環境の変化で、人との出会いで、自身の頑張りで、色んな花を見られるが、自分の花が咲く確率は高くはない。
環境の変化は、それくらい、きっと自分自身に影響を及ぼすもの。
子供の転校や、仕事の転勤、嫁ぎ先、環境の変化は、その場所に根を張れるかどうか、時に死活問題。
仕事に追われて、毎日に追われて、日々自分以外の誰かを心配しなければ、結果が出るんだと、言い訳をする。今も自分を咲かせようと何かを一生懸命なのか、一生懸命ではないのか続けていてるけれど、結果が出ない。隣の芝が青いと感じて、他人の結果を羨んでいる。
自分で移動できるという部分では、人間は花じゃない。
たんぽぽの綿毛のように風に身を任せて生きていられない。落ちた場所が中央分離帯なら、そこで咲ける種と咲けない種がある。たんぽぽの綿毛の咲けない種はそのまま朽ちていくが、人間は移動ができる。
咲くためには、根をはる土壌がいる。根を張るスピードは、個人差がある。成長のスピードには個人差がある。環境の変化は、場所の変化。人間に必要なのは、心境の変化。
環境はが心に及ぼす影響は大きい。環境の変化が心境に変化を齎すことはままある。自分の成長を加速させる手段として、環境を変えてみることは手っ取り早い。
結果が出ないと嘆く。環境の変化で心境の変化も少なからずしていった。いつのまにか心が変わっていたのかもしれない。変化を「続ける」とは、変化に「慣れる」ことにもなりうる。
荒野のようにひとりぼっちの環境では心も荒んで当然かもしれない。周りを見渡しても人が見当たらないのに、そこで咲くしかないと言い聞かせ、乾いた土地で雨が降るのを待つのか。
それで自分が花開く(成果が現われる)のか。かといって、ここじゃダメだと移動した次の日に雨が降るかもしれない。家、仕事場、プライベート、人間には最低でも3つの場所がある。
家では、子育てがある、家事がある、介護があるから、自分の時間がない。
仕事場では、自分を出せる仕事と自分を消してする仕事があり、自分を忙しくする。
それらの場所で時間を取られ、プライベートな時間=自分の時間を持てない。
家に水をやる。
仕事に水をやる。
自分に水をやる。
何が咲いているか。どの結果が一番出ているか。
家事育児に追われている人にとって、大きな怪我もなく、日々笑顔で、子供が健康なら、それは、家に水をやっているということ。その分、自分や仕事は思うような結果が出ていないとしても、それはそれで素晴らしいこと。素敵なこと。求める結果が出ていなくても、今を続ける。その価値は多分ある。